第十一章 騎士団長の試験

セイが十五歳になった春、ついに機会が訪れた。


「——騎士団の武器調達部門が、新規サプライヤーを募集している」


リーナから、その情報を聞いたのは、桜の花が散り始めた頃だった。


「新規——」


「ああ。従来の調達先だけでは、需要を満たせなくなっているらしい。魔物の活動が活発化して、武器の消耗が激しいのだ」


「それは——チャンスだ」


セイの目が、光った。


「ただし——」


リーナの声が、厳しくなった。


「簡単ではない。新規サプライヤーになるには、騎士団長直々の『審査』に通らなければならない。品質、価格、納期——全てにおいて、既存のサプライヤーと同等以上であることを証明しなければ」


「既存のサプライヤー——つまり、ヴァルザーク公爵系の工房と」


「そうだ。彼らは、お前の参入を阻止しようとするだろう。審査の段階から、妨害が入る可能性がある」


セイは、深呼吸をした。


覚悟はしていた。いつかは、この瞬間が来ることを。正面から、既存の利権と対峙する瞬間が。


「——応募します」


「本気か?」


「本気です。ここまで三年、準備してきました。標準作業、測定技術、工程能力管理——全て、このためです」


「失敗したら——」


「失敗は、許されない」


セイの声は、静かだが、揺るぎない決意を含んでいた。


「だから、絶対に成功させます」


応募書類を提出してから二週間後、騎士団本部から召喚状が届いた。


「——審査の場で、直接説明を求めるとのことだ」


ガルドが、渋い顔で手紙を読み上げた。


「応募した全ての工房が呼ばれている。お前も——いや、うちの工房も、その中に含まれている」


「いよいよだね」


セイは、静かに頷いた。


「でも、父さん。行くのは、僕一人にしてください」


「何? お前一人で?」


「はい。審査員の印象を考えると、十五歳の若者が一人で来た方が——」


「インパクトがある、ということか」


「それと、もう一つ」


セイは、父の目を見た。


「もし失敗したとき、父さんに累が及ばないようにしたいんです。僕の独断だったということにすれば——」


「馬鹿を言うな」


ガルドが、声を荒らげた。


「お前の独断? 俺がそれを許すと思うか?」


「でも——」


「黙れ」


父の手が、セイの肩に置かれた。


「俺たちは、二人で——いや、工房全員でここまで来た。失敗するときも、一緒だ。お前だけに責任を押し付けるなど、職人の恥だ」


「父さん——」


「一緒に行く。文句は言わせん」


セイは、父の手の温もりを感じながら、目頭が熱くなるのを堪えた。


「——ありがとう」


審査当日。


騎士団本部の大広間に、十三の工房の代表が集まった。


その中で、セイは明らかに異質だった。他の代表者は、四十代から五十代の熟練職人ばかり。十五歳の少年と、その父親という組み合わせは、異様に若かった。


「——あれが、噂の『ハンマーフェルの息子』か」


「随分と若いな。本当に腕があるのか?」


囁き声が、広間に漂う。好奇の目、侮蔑の目、そして——敵意の目。


その敵意の目を向けていたのは、ヴァルザーク公爵系の工房の代表者たちだった。


審査は、騎士団長グラハムの主導で行われた。


グラハムは、五十代半ばの屈強な男だった。現役を退いたとはいえ、その体躯には歴戦の騎士の風格が宿っている。


「本日は、新規サプライヤー候補の審査を行う」


グラハムの声が、広間に響いた。


「審査の内容は、三つ。第一に、品質。第二に、価格。第三に、納期。全てにおいて、基準を満たした工房のみが、騎士団への納入資格を得る」


「まず、品質について確認する。各工房は、過去一年間の製造実績と、品質データを提出すること」


セイは、用意していた書類を差し出した。製造本数、不良率、工程能力指数——全てが数字で示された、詳細なデータだった。


グラハムは、各工房の書類を順番に確認していった。


「——ほう」


セイの書類を見たとき、グラハムの眉が、わずかに上がった。


「ハンマーフェル工房。不良率0.5パーセント。工程能力指数1.47」


「はい」


「他の工房と比べて、格段に数字が良いな」


「ありがとうございます。三年をかけて、改善を重ねてきました」


「三年——お前は、今いくつだ」


「十五です」


「十五——」


グラハムの目が、セイを見つめた。


「つまり、十二歳から品質改善を始めたということか」


「はい」


広間が、ざわついた。十二歳から品質改善? 何を言っているのだ、と。


「——面白い」


グラハムは、静かに言った。


「だが、データだけでは信用できん。実物を見せてもらおう」


審査の第二段階として、各工房は「見本品」を提出することになった。


セイは、用意していた短刀を取り出した。


それは、ガルドの工房の最高傑作だった。刃の長さ200ミリ、幅30ミリ、重さ350グラム。全ての寸法が、ミリ単位で管理されている。


グラハムは、短刀を手に取り、光に透かし、指で刃を確かめた。


「——良い刃だ」


その評価に、セイは内心で安堵した。


「しかし——」


グラハムは、短刀をテーブルに置いた。


「見た目が良いだけでは、意味がない。戦場で使えるかどうかが問題だ」


「はい」


「そこで、提案がある」


グラハムの目が、鋭くなった。


「一か月以内に、この規格の短刀を百本、納入せよ。納入された短刀は、全て実戦テストにかける。一本でも折れたり、曲がったり、刃こぼれしたりすれば——」


「不合格、ですか」


「その通り。できるか?」


沈黙が、広間を支配した。


一か月で百本。しかも、全てが実戦テストに耐えなければならない。それは、通常の工房では不可能な条件だった。


「——お受けします」


セイは、迷わず答えた。


「本気か?」


グラハムの声に、驚きが混じった。


「本気です。一か月後、百本の短刀をお届けします。一本も不良を出さずに」


「大きく出たな、小僧」


嘲笑するような声が、広間の隅から聞こえた。ヴァルザーク系の工房の代表だった。


「一か月で百本? しかも、不良ゼロ? 寝言は寝て言え」


「寝言ではありません」


セイは、その男を真っ直ぐに見た。


「実績があります。昨年、同じ規格の短刀を二百本製造しました。不良は一本だけ。不良率0.5パーセントです」


「たまたまだろう」


「たまたまではありません。管理された工程から生まれた結果です」


「生意気な——」


「静かにしろ」


グラハムの声が、広間を制した。


「審査は私が行う。部外者の発言は控えてもらおう」


男は、不満そうな顔をしながらも、口を閉じた。


グラハムは、再びセイを見た。


「ハンマーフェル工房。一か月後、百本の短刀を納入せよ。これは、私からの『試験』だと思え」


「承知しました」


「成功すれば、騎士団への納入資格を与える。失敗すれば——」


「分かっています。全てが終わる」


セイの声は、静かだが、覚悟に満ちていた。


「——面白い」


グラハムは、かすかに笑った。


「お前の目は、子どもの目ではないな。何かを背負っている者の目だ」


「——」


「一か月後、楽しみにしている」


審査会場を後にしながら、セイは父に言った。


「これから、忙しくなるね」


「ああ」


ガルドの声には、緊張と決意が混じっていた。


「一か月で百本——うちの工房だけでは、間に合わん」


「分かっています。だから——」


セイは、遠くの空を見上げた。


「協力工房を、総動員します。サプライチェーンを、本格的に稼働させる時です」


三年間の準備が、試される。


勝負の一か月が、始まろうとしていた。

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