第三章:裁きの連鎖と崩壊の予兆(4)
その夜、死んだはずのアカウントが、四番目の宣告を刻んだ。
《四》 庇護の傘は畳まれ、濡れた翼は地面に打ち付けられる。 偽りの血縁、血の匂いのしない共犯者。 境界は開かれ、望む者だけを迎え入れる。喪失は、未来の保証。
血の匂いのしない共犯者という言葉は、ユウカたちの罪に加担し続けた美咲自身にも向けられているように感じられた。美咲の沈黙が、三人の罪を成り立たせていたのだ。そして、最後の行。「境界は開かれ、望む者だけを迎え入れる」。
美咲は、沙羅が自らを代償として捧げることで、この街の怪異を呼び出し、世界の均衡を修正したのだと確信した。
美咲は、この一連の惨劇を通じて、自分が無傷でいることの不気味さを感じ始めていた。
ユウカ、リナ、サキは、それぞれが最も大切にしていたもの、すなわち権力、物質、未来を破壊された。美咲だけは、ただ傍観していたという罪にもかかわらず、何の罰も受けていない。この無傷でいることが、美咲にとって最も重い呪いだった。
それは、自分がこの世界に属していない、あるいは、罰を与えるに値しないほど無価値な存在であるという、恐ろしい宣告のように感じられた。しかし、美咲の心の中には、恐怖と同時に、止められない憧れがあった。
このまま何事もなかったかのように、冷たい無傷の中に閉じ込められていることは、美咲にとって死よりも耐え難い。彼女の意志は、もはや恐怖を塗り潰し、導かれるようにして沙羅のいた場所へと向かわせた。
美咲はスマートフォンの画面に表示された、あの《四》の宣告を凝視した。「境界は開かれ、望む者だけを迎え入れる」。その一文が、脳裏にある記憶を呼び起こした。
以前、沙羅を遠くから見かけた際、彼女が吸い込まれるように消えていった東の端。ニュータウンの機能的な美しさが、竹林の闇に侵食され始めているあの路地だ。そこに行けば、何かが待っている。確信に近い予感に突き動かされ、美咲は闇を切り裂くようにして、日常の終着点へと足を踏み入れた。
街灯の光が力尽き、夜の重みが一段と増したその場所に、目指すアパートはあった。 古びた二階建ての建物。外壁には黒い蔦が絡まり、まるで時間の流れから切り離されたかのような、寂れた雰囲気が漂っている。
美咲は、一階の端にある、固く扉を閉ざしたその一室を見据えた。そこは竹林の影が最も濃く落ち、街の営みと異界の深淵が文字通り肉薄する境目だった。沙羅がこの場所で、一人静かに世界を呪っていたことに気づき、美咲は戦慄した。
導かれるようにして、美咲は建物の裏手へ回り込んだ。そこは隣接する竹林の影に完全に覆われ、粘りつくような湿気が充満していた。
ふと、ベランダの下の、黒ずんだ土の中から何かが覗いているのが目に入った。それは月光を鈍く跳ね返し、まるでそこだけが異質な光を放っているように見えた。
美咲は膝をつき、汚れも厭わず、その半ば埋もれた物体に指をかけた。湿った土の重みを指先に感じながら慎重に引き抜くと、こびりついた泥の隙間から、見覚えのある質感が現れる。
美咲が手のひらで泥を払うと、それは濡れて歪んだ、沙羅が使っていたあの無地の白いスマホケースの残骸だった。その裏側には、鋭利なもので引っ掻いたような、かすれた文字が刻まれている。それは、意図的に、深く、強い筆圧で刻まれた、最後のメッセージだった。
《五》霧峰の裏、古い竹林、祠の影。 最後に、全てを捧げる。
最後に、全てを捧げる。その言葉は、沙羅が自分の存在そのものを、この怪異に捧げたことを示唆していた。
美咲はスマホを取り出し、地図を開いた。霧峰の裏、古い竹林、祠。この三つのキーワードが交差する場所は一つしかなかった。美咲たちの学校の裏山、地元でも恐れられている蛇の祠。
今すぐあそこへ行かなければならない。だが、今の時間ではまだ、街の残光が山裾を照らし、人の世の気配が色濃く残っている。沙羅が全てを捧げると記したその場所へ踏み込むには、世界が完全に闇に塗り潰され、怪異が目を覚ます瞬間を待つ必要があった。
アパートの影に身を潜めた美咲の心は、激しい葛藤に引き裂かれていた。
沙羅が地獄のような絶望の中にいた時、自分は何一つ手を差し伸べず、特等席で沈黙を守り続けた。その罪悪感が毒のように全身を回る一方で、沙羅がその身を削って完成させようとしている呪いの全貌を、誰よりも近くで見届けたいという醜い好奇心が、暗い情熱となって美咲を支配していたのだ。
自責と期待。その相容れない感情に
この闇の中、孤独に震えながら時をやり過ごすことだけが、沙羅と同じ境界に立つための唯一の儀式なのだ。
美咲は震える指先を握りしめ、丑三つ時――草木も眠り、この街から人の意志が完全に途絶える午前二時が来るのを、ただじっと待った。
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