元旦の告白は早い者勝ち~従姉妹で幼馴染の両片想い~
久野真一
元旦の告白は早い者勝ち~従姉妹で幼馴染の両片想い~
元旦の朝は、いつも特別な匂いがする。
玄関を開けると、冷たく澄んだ空気が頬を刺した。
吐く息が白く染まる。
空は雲ひとつない快晴で、低い位置にある太陽が街並みを淡い金色に染めていた。
午前九時。約束の時間まで、あと三十分。
「行ってきます」
母さんの「気をつけてね」という声を背中に受けながら、
僕——
目指すは、徒歩二十分先にある山中家。
そこには、僕の従姉妹であり、幼馴染であり、そして——
言葉にするのが気恥ずかしい、特別な存在がいる。
歩きながら、スマートフォンを取り出す。
LINEには昨夜のやり取りが残っていた。
『明日、初詣行こうね』
『うん。九時半に迎えに行くよ』
『ありがとう。楽しみにしてる』
最後のメッセージには、小さな絵文字がひとつ。にこにこ笑った顔。
たったそれだけのことなのに、僕の胸は昨夜からずっと落ち着かない。
ポケットの中で、右手が小さな箱に触れた。
——今日こそ、伝えよう。
そう決めたのは、大晦日の夜だった。
紅白歌合戦を見ながら、家族でこたつを囲んでいるとき、ふと思った。
新しい年が始まる。高校二年生の冬。もう、子供じゃない。
いつまでも曖昧なままでいるのは、ひろみちゃんにも失礼だ。
何より、僕自身が限界だった。
好きだという気持ちを、これ以上隠し通せる自信がなかった。
◇◇◇◇
山中家の玄関前に着くと、すでにひろみちゃんが外に出ていた。
白いダッフルコートに、淡いピンクのマフラー。
セミロングの黒髪がふわりと風に揺れている。
僕を見つけると、ぱあっと顔を輝かせて小走りで近づいてきた。
「だいちゃん、あけましておめでとう!」
「あけましておめでとう、ひろみちゃん」
目が合う。
彼女の瞳は、相変わらず澄んでいて、どこか眠たげで、それでいて嬉しそうに細められている。
「えへへ、今年もよろしくね」
「うん、よろしく」
——かわいい。
反射的にそう思って、すぐに視線を逸らしてしまう。
こんな反応、中学生みたいだ。高校二年にもなって情けない。
でも、仕方ないじゃないか。十年以上知っている相手なのに、
最近のひろみちゃんは、見るたびに綺麗になっていく気がする。
「寒くなかった?待った?」
「さっき出てきたとこ。だいちゃんこそ、わざわざ迎えに来てくれてありがとう」
「いや、いつものことだし」
いつものこと。そう、いつものことだ。
小学校の頃から、僕たちはこうして一緒に出かけてきた。
登下校も、夏祭りも、初詣も。家が近いから。従姉妹だから。
幼馴染だから。理由はいくらでもあった。
でも、最近は違う。
一緒にいたいから、一緒にいる。
その事実を認めるのに、僕は中学三年の冬までかかった。
「行こっか」
「うん」
並んで歩き出す。
ひろみちゃんの歩幅は小さくて、油断するとすぐに置いていってしまいそうになる。だから僕は、無意識に速度を落とす。
彼女に合わせて歩く。それが、いつの間にか当たり前になっていた。
「神社、混んでるかなあ」
「元旦の午前中だし、それなりには」
「だいちゃん、お参りしたら何お願いするの?」
「……内緒」
「えー、教えてよー」
甘えるような声。こういうところが、ずるいと思う。
本人に自覚がないからなおさらだ。
「言ったら叶わないって言うだろ」
「そうだけど……じゃあ、私も内緒にする」
「いいよ、別に聞いてないし」
「むー」
頬を膨らませるひろみちゃんを横目で見て、僕は小さく笑った。
◇◇◇◇
神社への道を歩きながら、僕はあの夏のことを思い出していた。
小学一年生の夏。父さんが病気で入院して、僕は約半年間、山中家に預けられた。
最初は不安だった。
知らない家。知らない生活。
夜になると、病院にいる父さんのことが心配で眠れなかった。
そんな僕に寄り添ってくれたのが、ひろみちゃんだった。
「だいちゃん、寝れないの?」
ある夜、布団の中で目を開けていると、隣の部屋から来たひろみちゃんが、
そっと枕元に座った。
「……うん」
「お父さんのこと、心配?」
「……うん」
「大丈夫。お父さん、きっと元気になるよ」
根拠なんてなかったと思う。
同い年の女の子に、大人の病気のことなんてわかるはずがない。
でも、ひろみちゃんは僕の手を握って、にっこり笑った。
「私がついてるから、だいちゃんは泣いてもいいんだよ」
その瞬間、張り詰めていた何かが切れて、僕は声を上げて泣いた。
ひろみちゃんは何も言わず、ただ手を握っていてくれた。
あのときから、僕にとってひろみちゃんは特別だった。
いや、正直に言おう。
あのときから、僕はひろみちゃんのことが好きだったのだ。
ただ、それを「恋」だと認識するまでに、八年以上かかった。
◇◇◇◇
「あっ」
ひろみちゃんが小さな声を上げた。
見ると、マフラーの端が木の枝に引っかかっている。
慌てて取ろうとして、今度は足元の段差につまずきそうになる。
「わわっ」
「おっと」
反射的に腕を掴んで支える。
ひろみちゃんの体が僕の方に傾いで、一瞬だけ、
彼女の髪がふわりと鼻先をかすめた。
シャンプーの匂い。甘くて、やわらかい香り。
「だ、だいちゃん、ごめんね」
「いいよ。怪我ない?」
「うん、大丈夫……ありがとう」
俯いたひろみちゃんの耳が、ほんのり赤い。寒さのせいだろうか。それとも——
「ほら、マフラー」
枝から外してあげると、ひろみちゃんは恥ずかしそうに受け取った。
「私、ほんとドジだなあ……」
「昔からでしょ」
「うう、否定できない……」
しゅんとする彼女を見て、僕は思わず付け加えた。
「でも、僕はそういうところ、嫌いじゃないよ」
「……え?」
ひろみちゃんが顔を上げる。大きな瞳が、まっすぐ僕を見つめる。
——言い過ぎた。
急に恥ずかしくなって、僕は早足で歩き出した。
「ほら、行くよ。混む前に着きたいし」
「あ、待ってー!」
小走りで追いかけてくるひろみちゃんの足音を聞きながら、
僕は自分の心臓がうるさいことに気づいていた。
◇
神社に着くと、予想通りの人混みだった。
参道には屋台が並び、甘酒やたこ焼きの匂いが漂っている。
人波に押されながら、僕たちは少しずつ本殿に近づいていった。
「はぐれないでね」
「うん」
自然と、ひろみちゃんのコートの袖を掴んでいた。いや、正確には掴まれていた。
彼女の細い指が、僕のダウンジャケットの端をしっかり握っている。
中学の頃は、こんなとき手を繋いでいた。
「迷子になったら困るから」という、子供じみた理由をつけて。
でも高校に上がってからは、なんとなくそれができなくなった。
意識しすぎて、不自然になってしまうから。
だから今は、こうして服の端を掴むだけ。
——情けない。本当は、手を繋ぎたいのに。
「だいちゃん」
「ん?」
「去年の初詣、覚えてる?」
「去年?」
「うん。おみくじ引いたでしょ」
ああ、と思い出す。去年の初詣。
僕たちは二人でおみくじを引いた。僕は小吉、ひろみちゃんは大吉。
「覚えてるよ。ひろみちゃん、大吉だったよね」
「そう。それでね、恋愛のところに何て書いてあったか覚えてる?」
「……いや、それは」
「『待ち人来る。焦らずとも良し』だったの」
ひろみちゃんの声が、少しだけ低くなる。
「私、ずっとその言葉、信じてたんだ」
「……そう、なんだ」
何を言っているのか、わからないふりをした。
本当はわかっている。わかっているから、心臓がこんなにうるさい。
行列が少しずつ進む。本殿が近づいてくる。
今日こそ、伝えなきゃ。
ポケットの中の小箱を、また握りしめた。
◇◇◇◇
お参りを済ませ、おみくじを引き、甘酒で体を温めた。
人混みを避けて、僕たちは神社の裏手にある小さな公園に来ていた。
誰もいない。ブランコと滑り台があるだけの、古びた公園。
「懐かしいね、ここ」
ひろみちゃんがベンチに座りながら言った。
「中学のとき、よく来たよね」
「うん」
僕も隣に座る。少し距離を開けて。
この公園には、思い出がある。
中学三年の秋。受験勉強に疲れた僕たちは、息抜きにここへ来た。
他愛もない話をして、星を眺めて、そして——
「だいちゃん、覚えてる?中三の秋」
ひろみちゃんが、まるで僕の心を読んだように言った。
「……覚えてるよ」
あの日、僕は初めてひろみちゃんに「好きだ」と言いかけた。
でも、言えなかった。
「従姉妹なのに」「気まずくなったらどうしよう」。
そんな言い訳が頭の中を渦巻いて、結局、僕は何も言わずに帰った。
あれから一年以上が経つ。
僕たちは相変わらず一緒にいて、相変わらず曖昧な関係のままだ。
「ひろみちゃん」
「なに?」
「あのさ」
言わなきゃ。今日こそ。
ポケットから小箱を取り出す。手が震えている。寒さのせいじゃない。
「これ、誕生日プレゼント……って言っても、もう二ヶ月も前のことだけど」
ひろみちゃんの誕生日は十一月三日。文化の日。
本当はそのときに渡すつもりだった。
でも、勇気が出なかった。クリスマスも、大晦日も、結局渡せなかった。
「……開けていい?」
「うん」
ひろみちゃんが箱を開ける。中には、小さなネックレス。
シンプルなシルバーのチェーンに、雫の形をしたペンダントトップ。
「わあ……きれい」
「気に入ってくれた?」
「うん、すごく……でも、だいちゃん、これ高かったんじゃない?」
「バイト代貯めてたから」
夏休みから、こっそりアルバイトをしていた。
ひろみちゃんへのプレゼントを買うために。
重くならないように、でも安っぽくないように、何度も悩んで選んだ。
「ありがとう、だいちゃん。大切にする」
ひろみちゃんは嬉しそうに微笑んだ。でも、僕の用件は、これだけじゃない。
「ひろみちゃん」
「うん」
「僕……ずっと言いたいことがあって」
心臓がうるさい。手のひらに汗がにじむ。
こんなに緊張したのは、高校受験の合格発表以来かもしれない。
「あのときここで、言えなかったこと」
ひろみちゃんが、息を呑む気配がした。
「僕は——」
「待って」
ひろみちゃんが遮った。
「待って、だいちゃん。私から言わせて」
「え?」
予想外の展開に、頭が真っ白になる。
ひろみちゃんがベンチから立ち上がり、僕の正面に立った。白い息を吐きながら、
真剣な顔で僕を見つめる。
「私、ずっとだいちゃんのこと、好きだった」
「……」
「小一のとき、うちに来てくれたときから。泣いてただいちゃんの手を握ったとき、守りたいって思った。ずっと一緒にいたいって思った」
彼女の瞳が潤んでいる。でも、泣いてはいない。強い目だ。
「中学のとき、だいちゃんが何か言いかけてくれたの、わかってた。でも私、怖かった。断られたらどうしようって。従姉妹なのにって思われたらどうしようって」
「ひろみちゃん……」
「でも、もう待てない。去年のおみくじ、嘘じゃない。私、ずっと待ってた。だいちゃんが来てくれるの。でも、もう自分から行かないとて思った。だから——」
ひろみちゃんが、一歩踏み出した。
「畠山大軌くん。私と、付き合ってください」
静寂。
風が吹いて、彼女の髪が揺れる。
僕は——
「……ずるいよ、ひろみちゃん」
「え?」
「僕が言おうとしてたのに」
立ち上がって、彼女の両手を取った。冷たい。震えている。
「僕も、ずっとひろみちゃんのことが好きだった。小一のときから」
「だいちゃん……」
「従姉妹だからとか、そんなの関係ない。僕は、山中広美という人が好きなんだ。一緒にいると安心する。笑顔を見ると嬉しくなる。ドジなところも、おっとりしてるところも、優しいところも全部好き」
言葉が止まらない。ずっと溜め込んでいた想いが、堰を切ったように溢れ出す。
「だから、その、つまり——」
「うん」
「僕と、付き合ってください」
ひろみちゃんが、ふっと笑った。
「さっき私が言ったのに、だいちゃんも言うの?」
「言いたかったんだから、いいだろ」
「……うん。嬉しい」
彼女の目から、涙がこぼれた。でも、笑っている。泣きながら、笑っている。
「よろしくね、だいちゃん」
「こちらこそ、よろしく……ひろみ」
初めて「ちゃん」を付けずに呼んだ。
ひろみの頬が、ぱっと赤く染まる。
「ずるい、そういうの……」
「お互い様でしょ」
繋いだ手に、力を込める。彼女も、握り返してくれる。
冬の朝の、澄んだ空気の中で。
僕たちは、ようやく同じ場所に立った。
◇◇◇◇
帰り道、僕たちは手を繋いで歩いた。
もう、服の端を掴むだけの関係じゃない。
「ねえ、だいちゃん」
「ん?」
「おみくじ、何だった?」
「ああ、大吉だったよ。ひろみは?」
「私も大吉」
顔を見合わせて、笑った。
「恋愛のとこ、何て書いてあった?」
「『想い叶う。勇気を出せ』」
「……私もおんなじ」
出来すぎだろう。
でも、今日という日には、ぴったりだと思った。
「ねえ、だいちゃん」
「なに?」
「今年の抱負、決めた」
「へえ、なに?」
ひろみがにっこりと笑う。
「だいちゃんと、たくさん思い出を作ること」
反則だ、と思った。
こんな可愛いことを、さらっと言うなんて。
「……僕も、同じこと考えてた」
「ほんと?」
「ほんと」
繋いだ手をぎゅっと握ると、ひろみも握り返してくれた。
新年の朝日が、僕たちを優しく照らしている。
これから先、どんな一年になるだろう。どんな思い出が増えるだろう。
わからないけど、ひとつだけ確かなことがある。
この手を、離したくない。
ずっと、ずっと——
「だいちゃん、何笑ってるの?」
「いや、幸せだなって思って」
「……私も」
ひろみが僕の腕にそっと寄り添う。
彼女の温もりを感じながら、僕は心の中で誓った。
この幸せを、絶対に守ろう。
「あ、だいちゃん」
「ん?」
「ネックレス、つけて」
立ち止まって、箱からネックレスを取り出す。
ひろみが髪を上げて、首筋を見せた。うなじが白い。
どきりとしながら、留め金をかける。
「似合う?」
「……すごく」
「えへへ、ありがとう」
銀色の雫が、冬の光を受けてきらりと輝いた。
「これからもよろしく。ひろみ」
「うん、私も。だいき」
う。ここで呼び捨て来るか。
「僕としては実はちゃん付けの方が親しみがあっていい、かも」
「む。だったら、私もちゃん付け、結構好きだったんだけど」
「元に戻す?」
「だいちゃん、大好き」
「僕も大好き。ひろみちゃん」
変わるものも色々あるけど。
呼び名はお互いそのままになりそうだ。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
新春ということで。
実家に帰ったときに思いついたアイデアをさっと形にしてみました。
明日から仕事始めの方も多いと思いますが、今年もいい一年になりますように。
元旦の告白は早い者勝ち~従姉妹で幼馴染の両片想い~ 久野真一 @kuno1234
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