第12話 ミミック食堂、本日グランドオープン
祭りの後の静けさ、というやつだ。
リゼットたちが置いていったSランク魔石。
それがもたらした50000ポイントという莫大な資産。
俺は興奮が冷めやらぬまま、誰もいない店内で一人、ニヤニヤと虚空(メニュー画面)を見つめていた。
まずは、新スキル【鑑定】の性能チェックだ。
俺は自分自身(のイメージ)に意識を集中した。
『鑑定』。
フォン、という効果音と共に、詳細なウィンドウがポップアップする。
【個体名:なし(ミミック・宝箱種)】
【レベル:5】
【HP:2500/2500】
【MP:500/500】
【スキル:収納(Lv.3)、擬態(Lv.2)、調理(Lv.5)、内装拡張(Lv.2)、念話、鑑定、自動洗浄】
【状態:興奮】
ほう。
HP2500というのは、どうなんだ?
比較対象がないから分からないが、少なくともゴブリンの殴打で1ミリも減らなかったことを考えれば、かなりの耐久力だ。
さすがはミミック。
物理防御に特化しているらしい。
次に、カウンターに残っていた「おでんの出汁」を鑑定してみる。
リゼットがあれほど驚いていた理由が知りたい。
【アイテム名:極上のおでん出汁】
【品質:S】
【効果:MP回復(大)、疲労回復(中)、精神安定(小)】
【解説:魔物素材と地球の食材を、スキル【調理】で融合させた奇跡のスープ。飲むだけで枯渇した魔力を即座に充填する。】
「……マジか」
文字で見ると、その異常性がよく分かる。
MP回復(大)。
ゲームで言えば「ハイエーテル」とか「エリクサー」の類だろう。
それを俺は、ただの大根の煮汁として出していたのか。
そりゃあ、エリート魔術師も腰を抜かすわけだ。
俺は理解した。
俺の【調理】スキルは、単に「美味しくする」だけではない。
食材のポテンシャルを限界突破させ、バフ効果として付与するチート能力なのだ。
これなら、高額を取っても文句は言われないだろう。
俺はダンジョンのトラップではない。
超一流のバフ屋であり、レストランなのだ。
方針は固まった。
俺はこのダンジョンで生きていく。
人間を襲って食う魔物生なんて真っ平ごめんだ。
俺は、客を唸らせ、金を巻き上げ、店を大きくする。
それが俺の生存戦略だ。
よし、設備投資だ。
金(ポイント)はある。
夢を形にする時が来た。
俺は通販リストをスクロールし、迷うことなくポチった。
『業務用大型冷蔵庫(拡張機能付き) 5000pt』
『自動製氷機 3000pt』
『生ビールサーバー(樽付き) 8000pt』
『高級和食器セット 2000pt』
散財だ。
だが、必要な投資だ。
特にビールサーバー。
アリーナのエール好きを見るに、冷えた生ビールの需要は確実にある。
あの喉越しを教えたら、彼女はもう二度と俺の店から離れられないだろう。
シュゥン、シュゥン。
店内の厨房スペースに、次々と最新機材が設置されていく。
銀色に輝くビールサーバーの注ぎ口。
その横には、氷が落ちる音を立てる製氷機。
完璧だ。
ここはもう、ダンジョンの片隅にある宝箱の中ではない。
銀座の高級店にも引けを取らない、最高の隠れ家だ。
俺は新しく設置された『食洗機(自動洗浄スキルと連動)』に汚れた皿を放り込みながら、達成感に浸っていた。
水仕事の手間も省ける。
俺は料理だけに集中できる。
ふと、カウンターの隅に目をやった。
そこには、小さな招き猫の置物(通販で500pt)を置いてみた。
可愛らしい。
殺伐としたダンジョン生活における、唯一の癒やしアイテムだ。
「……いらっしゃいませ」
誰もいない店内で、俺は【念話】の練習をした。
心を込めて。
次の客は誰だろうか。
アリーナか、リゼットか。
それとも、まだ見ぬ新しい美食家か。
どんな客が来ても、最高の料理と酒でノックアウトしてやる。
俺にはその力がある。
俺は未来への希望に満ち溢れていた。
この生活、悪くない。
いや、最高に楽しいじゃないか。
その時だった。
ズズズズ……ッ。
店が揺れた。
いや、店(箱)があるダンジョンの床そのものが、低い振動を伝えてきた。
地震か?
ダンジョンで地震なんてあるのか?
俺は動きを止め、感覚を研ぎ澄ませた。
違う。
これは地殻変動ではない。
もっと、生物的な……。
『グォォォォォォォン!!!!』
咆哮。
空気をビリビリと震わせる、重低音の叫び声。
遠くだ。
遥か遠く、ダンジョンの深層、あるいは別のエリアから響いている。
だが、その圧力は距離を無視して届いた。
俺の本能(ミミックとしての部分)が、警報を鳴らしている。
『逃げろ』と。
『隠れろ』と。
俺は思わず蓋を固く閉じた。
せっかくの「小料理屋モード」から、ただの「警戒する箱」に戻る。
何だ、今の声は。
ゴブリンや、巨大キノコとは次元が違う。
リゼットが放った魔法の気配すら、今の咆哮に比べれば可愛らしく感じるほどのプレッシャー。
「……こっちに、来てる?」
根拠はない。
だが、嫌な予感がする。
あの咆哮の主が、鼻をひくつかせながら、暗闇の中を移動している映像が脳裏をよぎる。
俺が出した料理の匂い。
換気(蓋の開閉)をした時に、ダンジョンの通路へと流れ出た、極上の出汁の香り。
それが、風に乗って深層まで届いてしまったとしたら?
腹を空かせた化け物が、この匂いを無視するだろうか。
俺は戦慄した。
アリーナはいない。
リゼットもいない。
今の俺は、ただのレベル5の箱だ。
ビールサーバーを設置して浮かれている場合じゃなかったかもしれない。
俺は今、とんでもない客を呼び寄せてしまったのではないか。
静寂が戻ったダンジョンで、俺は息を潜めた。
遠くから、何かが這いずるような、重い音が聞こえ始めた気がした。
ミミック食堂、開店初日。
いきなりの経営危機である。
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