第11話 魔術師様、出汁に溺れる
「……乾杯」
グラスがぶつかる音が、店内に響いた。
冷えたエールが、二人の喉を潤していく。
アリーナは豪快に「ぷはーっ!」と息を吐き、リゼットは上品に口元を拭った。
だが、リゼットの表情が少し緩んでいるのを俺は見逃さなかった。
ダンジョン探索で乾いた喉に、キンキンの炭酸。
これに勝てる理性などない。
『お食事、すぐにお出しします』
俺は厨房(という設定の空間)で、鍋の蓋を開けた。
ふわり、と湯気が立ち上る。
カツオと昆布の合わせ出汁。
そこに、あらゆる具材の旨味が溶け込んだ、優しくも濃厚な香り。
おでんだ。
和食の冬の王様。
この世界に似た料理があるかは知らないが、煮込み料理は万国共通で愛されるはずだ。
俺は深めの皿に、具材を盛り付けた。
主役の大根。
味の染みたこんにゃく。
プリプリの練り物。
そして、とろとろに煮崩れる寸前の牛すじ。
最後に、たっぷりと出汁を張る。
黄金色の液体が、ダウンライトに照らされてキラキラと輝いている。
『おでんの盛り合わせです。熱いのでお気をつけて』
俺は念力で皿を運び、カウンターの二人の前に置いた。
カラシを添えるのも忘れない。
リゼットが眼鏡を曇らせながら、皿の中を覗き込んだ。
「……煮込み、かしら? ずいぶんと透き通ったスープね」
彼女はまだ警戒している。
スプーンを持ち上げ、スープをすくう動作も慎重だ。
まるで劇薬の調合でもするかのような手つき。
「毒が入っていない保証は?」
「もう、リゼットったら。私が証明するよ!」
アリーナが横から口を出し、自分の皿の大根にフォークを突き刺した。
抵抗なくスッと入る。
半透明になるまで出汁を吸った大根だ。
彼女はそれを一気に口へ運んだ。
「はふっ……あふ……んん〜っ!」
熱さと戦いながら、アリーナが満面の笑みを浮かべる。
咀嚼するたびに、口の端から出汁が溢れそうになっている。
「最高……! ジュワッてする! 口の中が洪水!」
アリーナの食レポは語彙力が足りないが、説得力だけは抜群だ。
リゼットがごくりと喉を鳴らした。
親友がこれだけ無防備に食べているのだ。
毒がないことは、頭では理解しているはずだ。
「……仕方ないわね。毒見よ、あくまで」
リゼットは言い訳のように呟き、大根を一口サイズに切り分けた。
そして、恐る恐る口に運ぶ。
俺はカウンターの向こう側(意識のみ)で固唾を飲んだ。
味の好みがうるさそうなタイプだ。
もし「味が薄い」とか言われたらどうしよう。
リゼットの唇が閉じられる。
数秒の沈黙。
カチャン。
彼女の手から、スプーンが滑り落ちて皿に当たった。
彼女は動かない。
目を見開いたまま、宙を見つめている。
「……な、何これ」
震える声。
「魔力が……出汁の味が……身体の芯に……」
彼女は自分の胸元をギュッと掴んだ。
呼吸が荒くなっている。
苦しいのか?
いや、違う。
顔色が、見る見るうちに良くなっている。
土気色だった肌に、薔薇色の血色が戻っていく。
俺の料理には、食べた者の活力を底上げするバフ効果がある。
それが魔術師である彼女には、ダイレクトに「魔力回復」として作用しているらしい。
「嘘でしょう……。マナポーションなんて目じゃないわ。純粋な魔力が、胃袋から湧き上がってくるなんて……」
リゼットは独り言を漏らしながら、再びスプーンを握った。
今度は迷いがない。
大根の残りを口に入れ、次はこんにゃく、そして練り物へとターゲットを変える。
「美味しい……。悔しいけど、美味しいわ……!」
彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
泣くほどか。
俺のおでん、情緒を不安定にさせる効果でもあるのか?
「リゼット、牛すじ食べてみて! トロトロだよ!」
「ちょっと、私の皿から取らないでよ!」
いつの間にか、二人は皿をつつき合っていた。
リゼットの警戒心は完全に崩壊している。
眼鏡が湯気で曇るのも気にせず、彼女は牛すじにかぶりついた。
「んんっ……! 溶ける……! 筋なのに、噛まなくていいなんて……」
リゼットが悶絶している。
クールな知性派魔術師の面影はどこへやら。
今はただの「美味しいもの好きのお姉さん」だ。
俺は追加でエールを注いだ。
サービスだ。
いい飲みっぷりと食いっぷりを見せてくれた礼だ。
やがて、二つの皿は綺麗に空になった。
出汁の一滴まで飲み干されている。
リゼットは満足げに息を吐き、椅子の背もたれに体重を預けた。
「……負けたわ」
彼女は天井を見上げて呟いた。
「ミミックが料理を作るなんて、学会で発表しても誰も信じないでしょうね。でも、この魔力回復量は本物よ」
彼女は杖を手に取り、軽く振ってみせた。
先端から青い火花が散る。
入店時とは比べ物にならないほど、濃密で安定した魔力光だ。
「ありがとう。最近、研究で根を詰めていて……魔力が枯渇寸前だったの」
彼女は俺(厨房の方角)に向かって、少し照れくさそうに微笑んだ。
ツンデレ、というやつだろうか。
破壊力が高い。
「お代よ。これくらいは払わせてもらうわ」
リゼットが懐から取り出したのは、硬貨ではなかった。
握り拳ほどの大きさがある、青く透き通った石。
魔石だ。
さっきゴブリンからドロップした小石とは、輝きがまるで違う。
『い、頂いてよろしいので?』
「構わないわ。使い道に困っていたSランクの魔石よ。貴方の料理には、それくらいの価値がある」
Sランク。
サラッと言ったが、とんでもないものを置いていった気がする。
二人は席を立った。
アリーナは名残惜しそうにカウンターを撫でている。
「また来るね! 今度はもっとお腹空かせてくる!」
「ええ。……私も、また付き合ってあげなくもないわ」
リゼットは素直じゃないが、その足取りは軽い。
二人は暖簾をくぐり、光の向こう(ダンジョンの通路)へと帰っていった。
蓋が閉まる。
店内に静寂が戻った。
残されたのは、空の皿と、テーブルに置かれた巨大な魔石。
俺は震える意識で、魔石を【収納】した。
『高純度魔石(水属性)を獲得。50000ptに変換しますか?』
ごまん。
桁がおかしい。
銀貨50枚分?
ラーメン一杯1000円だとしたら、500杯分だ。
俺は混乱する思考のまま、変換を承諾した。
ポイント残高が一気に跳ね上がる。
これなら、内装どころか、店ごと改築できるレベルだ。
そして、ファンファーレが鳴り響く。
『レベルが5に上昇しました』
『特殊条件【高位魔術師を満足させる】を達成』
『スキル【鑑定】を獲得しました』
『スキル【自動洗浄】を獲得しました』
来た。
ついに来た。
【鑑定】だ。
これがあれば、その辺の草が食えるかどうかも、魔物の肉質も、客のステータスも見放題だ。
俺の経営戦略が、劇的に進化する。
俺は喜びのあまり、誰もいない店内で、見えないガッツポーズを決めた。
ミミック食堂、大繁盛の予感しかしない。
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