第8話 常連客が強すぎて引く
ガンッ!!
激しい衝撃と共に、視界が揺れた。
痛みはない。
だが、俺の身体(木材)が悲鳴を上げたのが分かった。
「ちっ、硬えなこの箱」
目の前で、戦士風の男が斧を振り上げている。
刃が俺の蓋に食い込み、ささくれを作っていた。
入店拒否だと言っているだろうが。
俺は蓋を固く閉じ、ダンジョンの床に張り付くように耐えた。
「おい、魔法で焼いちまえよ。中身ごと燃えちまうかもしれねえが」
「バカ言え。レアアイテムが炭になったらどうすんだ」
男たちの会話が聞こえる。
彼らの目的は、俺の中にある「宝」だ。
残念ながら、今入っているのはプリンの空き容器と、作り置きのハンバーグのタネだけだ。
レアアイテムなんて、最初から存在しない。
俺は少しだけ蓋を緩め、隙間から香りを漏らしてみた。
料理の匂いで懐柔できないか。
ハンバーグの肉汁の香りなら、あるいは。
「うおっ、なんか臭うぞ?」
「腐ってんのか? まあいい、手っ取り早くこじ開けるぞ!」
ダメだ。
こいつら、食欲よりも物欲が勝っている。
それに「ミミック=敵」という先入観が強すぎて、料理の匂いを「魔物の体臭」か何かだと勘違いしている。
「オラァッ!」
再び斧が振り下ろされる。
今度は側面だ。
メリメリッ、という嫌な音が響く。
俺のHPバーがあるとしたら、確実に削れている。
怖い。
ゴブリンの時とは訳が違う。
明確な殺意と、道具を持った人間だ。
元居酒屋店長の精神力など、暴力の前では無力に等しい。
俺はここで壊されて、ただの薪(まき)になって終わるのか。
「ファイアボール」
後ろにいた魔術師が杖を振った。
熱波が迫る。
物理でダメなら魔法か。
容赦がない。
ボゥッ!
炎の塊が俺の正面に直撃した。
熱い。
木の表面が焦げる匂いがする。
箱の中の温度が急上昇し、冷蔵保存していた食材たちが痛みそうだ。
やめろ、牛乳が腐る!
「へへっ、燃えろ燃えろ! 中から飛び出して来たところを仕留めてやる!」
男たちが下卑た笑い声を上げる。
俺はパニックになった。
蓋を開ければ斬られる。
閉じこもれば焼き殺される。
詰んだ。
その時だった。
「……何してるの?」
低く、冷たい声が響いた。
ダンジョンの冷気よりもさらに鋭い、絶対零度の声。
男たちの笑い声が止まる。
振り返った彼らの視線の先に、彼女がいた。
茶髪のポニーテール。
アリーナだ。
さっき帰ったはずの彼女が、なぜか戻ってきていた。
だが、今の彼女はさっきまでの「プリンを食べて幸せそうな少女」ではない。
瞳孔が開き、全身から目に見えない圧力を放っている。
例えるなら、餌を食べている最中に皿を取り上げられた猛獣だ。
「なんだ嬢ちゃん、俺たちの獲物に……」
戦士がニヤつきながら言いかけた言葉は、最後まで続かなかった。
ドォン!
爆発音のような足音。
次の瞬間、アリーナの姿が掻き消えた。
いや、速すぎるのだ。
俺の動体視力(カメラ機能)ですら捉えきれない速度。
「ガハッ……!?」
戦士の男が、くの字に折れ曲がって吹き飛んだ。
壁に激突し、そのままズルズルと崩れ落ちる。
アリーナが、その場所に立っていた。
彼女の小さな拳が、湯気を立てているように見える。
一撃。
鎧を着た大男を、素手で殴り飛ばしたのか?
「な、なんだ!?」
「テメェッ!」
残りの二人が武器を構える。
だが、遅い。
アリーナは再び地面を蹴った。
まるで重力を無視したような動きで、魔術師の懐に潜り込む。
「私の」
彼女が短剣の柄(つか)で、魔術師の鳩尾を突き上げる。
「店(エサ場)に」
魔術師が白目を剥いて倒れる。
残るは槍使いの男だけだ。
彼は腰を抜かし、後ずさりしている。
「手を出さないで」
アリーナが男の眼前に迫る。
男が苦し紛れに突き出した槍を、彼女は素手で掴んだ。
そして、そのままバキリとへし折った。
嘘だろ。
木製の柄とはいえ、武器だぞ?
握力どうなってるんだ。
「ひ、ひぃぃッ! バケモノ……!」
男は折れた槍を放り出し、脱兎のごとく逃げ出した。
気絶している仲間を見捨てる速さは一流だ。
アリーナは追わなかった。
深く息を吐き、乱れた前髪をかき上げる。
「……ふぅ」
嵐が過ぎ去ったような静寂。
彼女は倒れている二人を一瞥すると、興味なさげに俺の方へ向き直った。
俺は呆然としていた。
彼女はこんなに強かったのか?
いや、第1話で俺と対峙した時は、もっと普通の動きだったはずだ。
今の動きは、明らかに常軌を逸していた。
まるで、何かの強化魔法(バフ)がかかっているような……。
まてよ。
バフ?
俺の料理か。
さっき食わせた「ハンバーグ」と「プリン」。
あれを食べた直後、彼女は「身体が軽い」と言っていた。
まさか、俺の料理にはドーピング並みの効果があるのか?
だとしたら、今の彼女を作り上げたのは俺だ。
俺が餌付けした結果、彼女は「最強の常連客」に進化したのだ。
「……大丈夫?」
彼女が俺の前にしゃがみ込む。
その顔は、いつもの少し抜けたような、柔らかい表情に戻っていた。
俺は蓋を小さくパカパタさせて「無事だ」と伝えた。
「よかった。……忘れ物しちゃって、戻ってきたの」
彼女はそう言って、俺の横に落ちていた何かを拾い上げた。
小さな皮袋だ。
さっきプリンを食べた時に、うっかり落としたのだろう。
なんて運が良いんだ、俺は。
「んっ……」
彼女が小さく顔をしかめた。
見ると、彼女の左肩の服が裂け、血が滲んでいる。
さっきの戦闘で怪我をしたのか?
いや、彼女は一方的に殴っていただけだ。
だとすれば、最初の突進の際、無理な加速に身体が耐えきれず、筋肉か血管が切れたのかもしれない。
あるいは、俺を守ろうとして、魔術師の炎の余波を受けたか。
どちらにせよ、俺のせいだ。
俺を守るために、彼女は血を流した。
胸(箱)が痛んだ。
ただの客と店主の関係だと思っていた。
だが、彼女は身体を張って俺の店を守ってくれた。
なら、俺も応えなければならない。
料理人として。
そして、このダンジョンの「店主」として。
俺は【収納】を開いた。
傷を治す料理。
滋養をつけ、血を補う料理。
そんなメニューが作れないか、必死に検索した。
ある。
さっき買ったばかりの食材たち。
あれを使えば、極上の回復食が作れるはずだ。
俺は蓋を大きく開けた。
さあ、座ってくれ。
特製ディナーの時間だ。
お代はいらない。
これは、俺からの感謝の印だ。
彼女が不思議そうに俺を見ている。
俺は調理器具を宙に浮かせ、無言で調理を開始した。
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