第9話 傷ついた君に、黄金色のスープを

血の匂いが漂っている。


俺の目の前に座り込んだ少女、アリーナ。

彼女の左肩、服が裂けた部分から滲む赤色が、痛々しくて直視できない。

俺を守るために負った傷だ。


彼女は「大丈夫」と言った。

だが、顔色は白い。

戦闘の高揚感が切れて、痛みと疲労が一気に押し寄せているのだろう。


俺は自分にできることをする。

料理だ。

今の彼女に必要なのは、失った血を補い、冷えた身体を芯から温めるもの。


俺は通販ウィンドウを高速で操作した。

ポイントはある。ケチっている場合じゃない。


『骨付き鶏モモ肉(3本入り) 600pt』

『乾燥ナツメ 150pt』

『皮付きニンニク 100pt』

『もち米 200pt』


カートに入れて即購入。

さらに、ダンジョン内で採取しておいた「薬草っぽい草(鑑定済み・食用可)」も取り出す。

メニューは決まった。

『特製・参鶏湯(サムゲタン)風、丸ごと鶏モモの薬膳スープ』だ。


調理開始。


まずは鍋(に見立てた魔力空間)に水を張り、鶏モモ肉を放り込む。

骨から良い出汁が出る。

そこへ、潰したニンニク、刻んだ生姜、ナツメ、そして薬草を加える。

もち米も一緒に入れてしまおう。

とろみがついて、スープ自体が「食べる点滴」になる。


本来なら数時間煮込む料理だ。

だが、今は時間がない。

俺は【調理】スキルをフル稼働させた。

鍋の内部に魔力で圧力をかける。

圧力鍋の原理だ。

高圧・高温で、食材の組織を一気に崩壊させ、旨味を抽出する。


シュシュシュシュ……。


箱の中で、圧縮された蒸気が音を立てる。

香りが変わってきた。

鶏の脂の甘い匂いと、生姜やニンニクのスパイシーな香りが混ざり合う。

滋養強壮の匂いだ。

嗅ぐだけで体温が上がるような、力強い香り。


「……いい匂い」


アリーナが鼻を動かした。

虚ろだった目に、少しだけ光が戻る。

よし、食欲はあるな。


仕上げだ。

塩で味を整え、最後に長ネギの小口切りを散らす。

蓋を開けると、真っ白な湯気が立ち上った。


黄金色のスープ。

その中で、ホロホロに煮崩れた鶏肉ともち米が輝いている。

俺は深めの木皿にたっぷりとよそい、彼女の前に差し出した。

スプーンはあらかじめ刺しておいた。

片手でも食べられるように。


「これ……私のために?」


彼女が問いかける。

俺は蓋を一度だけ「パタン」と鳴らした。

そうだ。

全部食って、さっさと治せ。


彼女は震える手でスプーンを握った。

熱々のスープを一口、口に運ぶ。


「……っ」


彼女が目を見開いた。

喉を通った熱が、胃袋から全身へ広がっていく感覚。

鶏の旨味が凝縮されたスープが、疲弊した細胞の一つ一つに染み渡っていく。


「温かい……」


彼女は呟き、次は肉へとスプーンを伸ばした。

骨付きのモモ肉。

だが、ナイフはいらない。

スプーンの縁を押し当てただけで、肉が骨から「ほろり」と外れた。

それほどまでに柔らかい。


口に入れると、噛む必要すらないほどだ。

繊維が解け、もち米の甘みと絡み合いながら喉の奥へ消えていく。


「美味しい。……すごく、優しい味がする」


彼女のペースが上がる。

一口、また一口。

食べるたびに、彼女の蒼白だった頬に赤みが差していく。


そして、異変が起きた。


彼女がスープを飲み干した瞬間、身体が淡い光に包まれたのだ。

特に、左肩の傷口。

裂けた皮膚が、まるで早回しの映像を見ているかのように塞がっていく。

血が止まり、カサブタになり、それすらも剥がれ落ちて、綺麗な肌が再生する。


数秒の出来事だった。


「え……?」


アリーナ自身も驚いて、自分の肩を触っている。

傷がない。

痛みもない。


俺も驚いた。

薬膳食材を使ったとはいえ、ここまで即効性があるのか?

ニンニクと生姜パワー、恐るべし。

いや、やはり俺の【調理】スキルには、何らかの「治癒バフ」が付与されているとしか思えない。


「治った……。ポーションより、ずっと早い」


彼女は信じられないといった顔で俺を見た。

その瞳が、じわりと潤んでいく。


「ありがとう……」


声が震えていた。

彼女は大粒の涙をこぼした。

痛みが引いたからか、それとも別の理由か。

彼女は泣きながら、残っていた鶏肉を口に運んだ。


「あったかいよぉ……」


子供のような泣き声だった。

俺は何も言えない(箱だし)が、ただ静かに見守った。

彼女はきっと、強がっていたのだ。

たった一人でダンジョンに潜り、命がけで戦い、怪我をして。

それでも平気な顔をしていた。

それが、温かいスープ一杯で決壊した。


俺は思う。

料理人でよかった、と。

言葉は通じなくても、飯は心を解きほぐせる。

泣くほど美味いと言ってもらえれば、それだけで作った甲斐がある。


やがて、彼女は最後の一滴までスープを飲み干した。

涙を拭い、鼻をすすり、少し照れくさそうに笑う。


「ごめんね、変なところ見せて」


彼女は立ち上がった。

その足取りは、来店時よりも力強い。

完全復活だ。


「また来るね。……絶対、また来るから」


彼女は俺(箱)の蓋を、愛おしそうに撫でた。

そして、今度は倒れている冒険者たち(まだ気絶中)の襟首を掴んだ。


「こいつらは、私がギルドに突き出しておくわ。迷惑料、ふんだくってやるから」


頼もしい。

彼女は小柄な身体で大男二人を引きずりながら、ダンジョンの出口へと消えていった。

後ろ姿が、どこか楽しげに見えるのは気のせいだろうか。


通路に静寂が戻る。

俺は空になった木皿を回収し、一息ついた。


ふう。

怒涛の展開だったが、なんとか乗り切った。

彼女の傷も治ったし、店も守れた。

上出来だ。


その時、脳内にファンファーレが響いた。


『経験値を獲得しました』

『レベルが3に上昇しました』

『特殊条件【客の心身を癒やす】を達成』

『スキル【内装拡張】を獲得しました』

『スキル【念話(店内限定)】を獲得しました』


お?

新しいスキルだ。

【念話】は分かる。店の中にいる客と会話できるやつだ。

これで意思疎通ができるようになる。


だが、【内装拡張】とは?


俺はスキルの詳細を確認しようと、意識を箱の内部へ向けた。


ゴゴゴゴ……。


地響きのような音が、俺の中でだけ響く。

空間が歪む。

これまで「豚バラと調理器具で手狭だった」亜空間が、一気に広がり始めた。


畳四畳半……いや、六畳くらいあるか?

ただの収納スペースではない。

床があり、壁があり、天井がある。

そして、中央には「L字型のカウンター」が出現していた。


「……店だ」


俺は絶句した。

俺の中身が、完全に「小料理屋」になっている。

外見はただのボロい宝箱。

だが蓋を開けて中に入れば、そこには落ち着いた雰囲気のカウンター席がある。


これなら、客を「中」に入れて食わせることができるじゃないか。

立ち食いではなく、座ってゆっくり味わってもらえる。


俺は武者震いした。

いよいよだ。

いよいよ、本格的な「ミミック食堂」の開業準備が整った。


次は誰が来る?

アリーナか?

それとも、新しい客か?


誰でもいい。

このカウンターに座る最初の客に、俺は最高の一皿を出してやる。

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