第6話 お客様、ハンバーグは飲み物です

彼女が帰ってきた。


茶髪のポニーテールを揺らし、少し肩で息をしている。

ダンジョンを歩き回って疲れたのか、それとも俺の料理が恋しくて走ってきたのか。

どちらにせよ、歓迎すべきリピーター様だ。


彼女は俺の前で立ち止まると、じっとこちらを見下ろした。

その瞳は、前回のような「敵を見る目」ではない。

期待に満ちた、もっと言えば「今日は何があるの?」と問いかけるような、ワクワクした目だ。


俺は少し緊張した。

飲食店の二回目が一番難しい。

初回は「驚き」で加点されるが、二回目は「期待」というハードルがあるからだ。

前回と同じ角煮を出せば「なんだ、これしかないのか」と思われるかもしれない。

飽きられたら終わりだ。


俺は【収納】の中身を確認する。

豚バラブロックは残り300グラムほど。

あとは、さっき狩った大量の巨大キノコ(エリンギ風)。

パンは残り少ない。


よし、決めた。

今回はガッツリ系でいく。

肉の脂と、キノコの旨味を掛け合わせた、破壊力抜群のメインディッシュだ。


俺は蓋をパカリと開けた。

さあ、ショータイムの始まりだ。


彼女が「あっ」と声を漏らし、前のめりになる。

俺の中がキッチンスタジアムだということは、もうバレている。

隠す必要はない。


まずは豚バラ肉だ。

空中に取り出した肉塊を、魔力の刃で刻む。

挽肉にするのではない。

包丁で叩いて、粗いミンチにするのだ。

ゴロゴロとした肉の食感を残す。

これが「肉を食っている」という満足感を生む。


トントントントン。


軽快なリズムと共に、肉が刻まれていく。

彼女の目が丸くなっている。

空中で肉が踊る光景は、異世界の住人には魔法に見えるのかもしれない。

ある意味、魔法なのだが。


次に、キノコだ。

さっき倒したばかりの新鮮なエリンギもどき。

これを半分はみじん切りにし、もう半分は大きめのサイコロ状にカットする。


みじん切りの方は肉と混ぜて「つなぎ」にする。

サイコロ状の方は具材として混ぜ込み、噛んだ瞬間のアクセントにするのだ。

卵もパン粉もないが、豚バラの脂と、キノコから出る成分で粘り気は出るはずだ。


ボウル代わりの空中で、肉とキノコを練り合わせる。

塩、コショウ。

シンプルだが、素材が良い(魔物肉とダンジョン産キノコ)から、これだけで十分だ。

俺は空気を抜くようにタネを両手(魔力)でキャッチボールさせ、小判型に整えた。


ジュゥゥッ!!


熱した底板に、タネを落とす。

爆発的な音が響いた。

豚の脂が溶け出し、鉄板(木の板だが)の上で踊る。

焦げ目がつく香ばしい匂いが、一気に周囲へ拡散された。


「……んんぅ」


彼女の喉が鳴った。

分かりやすい。

さっきから視線が肉に釘付けで、瞬きすらしていない。

武器を持つ手がだらりと下がっている。

完全に無防備だ。

後ろから魔物が来たらどうするんだ。

まあ、俺が守る(食べる)からいいけど。


片面が焼けたらひっくり返す。

完璧な焼き色。

カリッとした表面の中に、肉汁が閉じ込められているのが分かる。


ここで仕上げだ。

俺は虎の子の調味料を取り出した。

第1話で持っていた、醤油とみりんと酒だ。

これを肉汁の残る鉄板に投入し、一煮立ちさせる。

和風テリヤキソース。

日本人なら誰もが抗えない、魔性のタレだ。


ジュワァァァ……!


甘辛い香りが、暴力的なまでに鼻腔を刺激する。

完成だ。

『粗挽き肉とゴロゴロキノコのテリヤキハンバーグ』。


俺は皿(ないので大きめの木の葉っぱを代用した)にハンバーグを乗せ、彼女の前へ差し出した。


「……いいの?」


彼女が問いかけるように俺を見る。

俺は蓋をパタパタと二回開閉して「イエス」を伝えた。

もちろんタダではない。

前回のように、銅貨を期待している。


彼女は短剣を鞘に収めると、両手で葉っぱを受け取った。

熱々のハンバーグが、湯気を立てている。


「いただきます」


彼女は小さなナイフを取り出し、ハンバーグに入刀した。

肉汁が溢れ出す。

透明な脂とテリヤキソースが混ざり合い、黄金色の輝きを放つ。


彼女はそれをフォークで刺し、口へ運んだ。


ハフッ、ハフッ。


熱いのだろう。

口元を手で仰ぎながら、それでも吐き出さずに咀嚼する。

そして。


「んんっ――!」


彼女の身体が、ビクンと跳ねた。

美味いか。

そうだろう。

粗挽き肉の弾力と、中に入れたキノコのコリコリとした食感。

噛むたびに溢れる肉汁とキノコの旨味爆弾。

それを包み込む甘辛いソース。


「すごい……お肉の味が濃い……キノコが、ぷりぷりしてる……」


彼女は独り言を漏らしながら、二口目、三口目と加速した。

もう止まらない。

ナイフを使うのももどかしいのか、最後は葉っぱごと口に近づけ、かぶりついている。

ワイルドだ。

だが、作り手としてこれほど嬉しい姿はない。


あっという間だった。

大人の拳二つ分はあるハンバーグが、彼女の胃袋へ消えた。

彼女は口の周りについたソースを舐め、満足げに溜息を吐いた。


「ふあぁ……美味しかったぁ……」


彼女はその場にぺたんと座り込んだ。

至福の表情だ。

俺も達成感でいっぱいだ。

箱の中でガッツポーズをしたいくらいだ。


ふと、彼女が自分の手を見つめた。

グーパー、グーパーと握りしめている。


「……あれ?」


彼女が首を傾げた。


「身体が、軽い……?」


彼女は立ち上がり、軽くジャンプした。

高い。

装備をつけたままとは思えない跳躍力だ。

着地した彼女は、自分の太ももや二の腕を触り、不思議そうな顔をしている。


「魔力も、全快してる。……ううん、さっきより増えてる?」


彼女の視線が、俺に向いた。

さっきまでの「美味しいご飯屋さん」を見る目ではない。

何か、とんでもないものを見てしまったような、畏怖にも似た眼差し。


「貴方、一体何なの……?」


彼女は呟いた。

俺には意味が分からない。

ただのハンバーグだぞ?

栄養はあるだろうし、スタミナもつくだろうが、そんな即効性があるわけない。

プラシーボ効果だろう。


彼女はしばらく考え込んでいたが、やがて決心したように懐に手を入れた。


チャリ、チャリ、チャリ。


取り出されたのは、銅貨ではない。

鈍い光を放つ、銀色の硬貨だった。

1枚、2枚、3枚。


銀貨だ。


「これ、お代。……また来るから」


彼女は銀貨を俺の前の地面に並べた。

そして、今度は深々と頭を下げた。


「ご馳走様でした。助かったわ」


彼女は背を向け、来た時よりも遥かに軽い足取りで、颯爽と走り去っていった。

まるで背中に羽が生えたような速さだ。


俺は残された銀貨を見つめた。

3枚。

これを【収納】すれば、ポイントはどうなる?


俺は震える精神で、銀貨を回収した。


『銀貨3枚を獲得。3000ptに変換しますか?』


銀貨1枚1000ポイント。

銅貨の10倍だ。


俺は心の中で絶叫した。

大富豪だ。

これなら、卵も買える。

マヨネーズも買える。

サーロインだって夢じゃない。


だが、それ以上に気になったのは、彼女の最後の言葉だった。

「助かった」とはどういう意味だ?

空腹が満たされて助かった、という意味だろうか。

それとも、何か別の意味があったのだろうか。


まあいい。

俺は今、猛烈に忙しい。

3000ポイントの使い道を考えなくてはならないのだから。


俺はウキウキで通販ウィンドウを開いた。

次はどんなメニューで、彼女を満足させてやろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る