第5話 ドレスコードは「清潔感」です

商売において、客層というのは重要だ。


俺は元居酒屋店長として、その真理を骨身に沁みて理解している。

酔っ払って暴れる客、店員に絡む客、無銭飲食を企む客。

そういった「招かれざる客」をどう捌くかが、店の寿命を決める。


そして今、俺の目の前には、まさにその典型例がいた。


「ギャウ、ギャギャ!」


汚い。

臭い。

うるさい。

三拍子揃った緑色の小鬼、ゴブリンだ。

しかも3匹いる。


キノコを焼いた香ばしい匂いに釣られてきたのだろう。

彼らはボロボロの腰布一丁という姿で、俺の周りを取り囲んでいた。

手には錆びついた短剣や、ただの木の棒を持っている。

肌は泥と脂で汚れ、口からは黄色い涎を垂らしている。


無理だ。

生理的に受け付けない。

俺の店(箱)は、衛生管理を徹底している。

あんな汚い手で触られたら、保健所の許可が下りない。


「ギャウッ!」


1匹のゴブリンが、俺の蓋に手をかけた。

泥だらけの爪が、磨き上げた(つもりの)木目を引っ掻く。


やめろ。

傷がつくだろうが。


彼らは俺を「宝箱」だと認識しているらしい。

中身を奪おうと、鍵穴(ダミー)のあたりをガンガンと棒で叩いてくる。

開錠スキルを使う知能すらないようだ。

ただの強盗である。


俺は冷静に観察した。

彼らは武器を持っているが、構えは隙だらけだ。

こちらの反撃など微塵も想定していない。

キノコと同じだ。

動かない箱だと思って舐めている。


俺は心の中で「入店お断り」の札を掲げた。


ゴブリンの一匹が、強引に蓋をこじ開けようと顔を近づけた瞬間。

俺は蓋のロックを解除し、バネのように弾き飛ばした。


「ギャッ!?」


勢いよく開いた蓋が、ゴブリンの下顎をカチ上げた。

強烈なアッパーカットだ。

小鬼の身体が宙を舞い、背後の壁に激突する。

ぐしゃり、と鈍い音がして、そいつは動かなくなった。


残り2匹が硬直する。

何が起きたのか理解できていない顔だ。


俺は間髪入れずに、今度は蓋を閉じる動作を利用した。

一番近くにいた2匹目のゴブリン。

そいつが呆然と伸ばしていた腕を、蓋と本体の間に挟み込む。


バキンッ!


乾いた音が響く。

骨が折れる感触が、箱を通じてダイレクトに伝わってきた。


「ギョエエエエ!!」


悲鳴を上げるゴブリン。

俺は容赦しなかった。

そのまま挟んだ腕を支点にして、箱全体を横に回転させる。

重量級のボディプレスだ。

腕を挟まれたまま振り回されたゴブリンは、遠心力で隣の3匹目に激突した。


もつれ合って倒れる2匹。

俺は回転の勢いを殺さず、倒れた彼らの上に着地した。

数百キロ(体感)の木箱が、無防備な腹の上に落下する。


グエッ、という短い断末魔。


静かになった。


「ふう……」


戦闘時間は10秒足らず。

圧勝だ。

俺のボディ(箱)は、想像以上に頑丈で凶器になるらしい。

元人間としては少々心が痛むが、店を守るためには仕方がない。

これは正当防衛であり、出禁客の排除だ。


俺は動かなくなったゴブリンたちを【収納】へ……入れようとして、やめた。

食材にはならなそうだ。

不味そうだし、何より衛生的にキツい。


代わりに、彼らが落としたアイテムをチェックする。

錆びた短剣が2本。

それと、死体の横に転がっていた小石のようなもの。

黒ずんだ小さな石だが、微かに魔力を感じる。

魔石だろうか。


俺はそれらを【収納】に入れた。

すると、脳内でログが流れる。


『魔石(極小)を獲得。20ptに変換しますか?』

『錆びた鉄屑を獲得。5ptに変換しますか?』


変換機能。

そんなものまであるのか。

俺は迷わず「イエス」と念じた。

手元のゴミが消え、所持ポイントが増える。

合計で75ポイント。

塩コショウ代の足しにはなる。


なるほど。

冒険者からは「金」を貰い、魔物からは「魔石」を奪ってポイントに変える。

このダンジョンにおける俺の経済圏が確立されつつあった。

魔物は客ではなく、資源(リソース)だ。


俺は蓋をパタパタと動かし、換気を行った。

ゴブリンの体臭が染み付いては、次の客に失礼だ。

ついでに、先ほど仕留めたキノコの残りを調理しておくべきだろうか。

さっきの戦闘で少し腹が減った(魔力を消費した)。


その時だった。


タッ、タッ、タッ。


通路の奥から、聞き覚えのある足音が近づいてくる。

軽やかで、リズムの良い足取り。

間違いなく、あの少女だ。


帰ってきた。

俺は反射的に、ゴブリンの死体をダンジョンの影に(念力で押して)隠した。

店の前に死体が転がっていては営業妨害だ。

急いで現場検証を済ませ、何食わぬ顔で定位置に戻る。


足音が角を曲がる。

茶髪のポニーテールが揺れているのが見えた。


彼女は一直線にこちらへ向かってくる。

その顔には、隠しきれない期待の色が浮かんでいた。

まるで、学校帰りに駄菓子屋へ寄る子供のような顔だ。


俺は少し嬉しくなった。

リピーターの獲得。

飲食店にとって、これほど嬉しいことはない。


さあ、いらっしゃい。

今の俺には、極上のキノコステーキがある。

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