第4話 魔物も食えば美味いはず

嵐のような少女が去り、ダンジョンに静寂が戻った。


俺は虚空に浮かぶ半透明のウィンドウを眺めていた。

さっき、少女が置いていった銅貨3枚。

あれを【収納】に入れた瞬間、ファンファーレと共にレベルが上がったのだ。

そして解放されたのが、この新スキル【ダンジョン内通販】である。


画面には、懐かしい地球の食材がずらりと並んでいる。


『国産牛サーロイン 100g 1500pt』

『新鮮卵(6個入り) 200pt』

『マヨネーズ(500g) 350pt』


見ているだけで涎が出そうだ。身体は木箱だけど。

しかし、現実は厳しい。

画面の右上にある『所持ポイント』の表示は、無慈悲にも『300pt』を示していた。


銅貨1枚で100ポイントという計算らしい。

あの少女が置いていったのはチップ程度の小銭だったということか、あるいはレートが厳しいのか。

どちらにせよ、300ポイントでは何もできない。

サーロインなんて夢のまた夢。

卵を買ったらマヨネーズが買えないし、マヨネーズを買ったら卵が買えない。


「世知辛いな……」


俺は心の溜息を吐き、とりあえず『お徳用塩コショウ(250pt)』をポチった。

基本調味料は大事だ。

残高50ポイント。

もはや駄菓子くらいしか買えない。


シュゥン、という効果音と共に、箱の中に塩コショウのボトルが出現する。

便利なのは間違いない。

だが、これでは商売にならない。

次の客がいつ来るかも分からないのに、手持ちの食材は減っていく一方だ。


豚バラは残りわずか。

パンもあと半分。

これらが尽きたら、俺はただの「空っぽの箱」に戻ってしまう。

それは死(破壊)を意味する。


現地調達だ。

俺は決意した。

ここはダンジョンだ。

魔物がうようよいるはずだ。

食える魔物を狩って、それを料理して客に出す。

これしか生き残る道はない。


そんな俺の思考を読んだかのように、通路の向こうから「それ」は現れた。


ペタ、ペタ、ペタ。


湿った足音。

現れたのは、子供の背丈ほどもある巨大なキノコだった。

太い柄の部分から短い足が生えていて、傘を揺らしながら歩いている。

随分とファンシーな見た目だが、立派な魔物だろう。


俺は息を潜めた(呼吸してないけど)。

鑑定スキルがないので、あれが何という魔物で、食えるのかどうかは分からない。

だが、見た目はどう見てもエリンギだ。

ちょっと足が生えているだけだ。


いける。

料理人の勘が告げている。

あれは美味い。


問題は、どうやって倒すかだ。

俺には剣も魔法もない。

あるのは【収納】と【調理】、そして頑丈なこの身体だけ。


キノコが近づいてくる。

どうやら俺を「ただの箱」だと思っているらしく、警戒心ゼロで前を通り過ぎようとしている。


今だ。


俺は蓋を全開にした。

そして、キノコが俺の真横に来た瞬間、渾身の力で蓋を閉じた。


バァン!!


強烈な破裂音が響く。

俺の蓋の縁(フチ)が、キノコの柔らかい胴体を挟み込んだのだ。


「ギィッ!?」


キノコが奇声を上げる。

だが、俺の噛みつき(物理)は一度食らいついたら離さない。

ミミックの顎の力を舐めるなよ。

俺はさらに力を込めた。

テコの原理と、魔物としての筋力を総動員して、締め上げる。


ブチッ。


嫌な音がして、キノコの動きが止まった。

短い足が痙攣し、やがてだらりと力尽きる。


勝った。

ノーダメージ完封勝利だ。

俺は蓋を緩め、動かなくなったキノコを【収納】へ放り込んだ。


さて、実食といこうか。


まずは毒見だ。

俺は箱の中で、キノコの石づき(足の部分)を切り落とした。

包丁が入る感触は、エリンギそのもの。

弾力があり、瑞々しい。


とりあえずスライスして、シンプルに焼いてみることにした。

フライパン代わりの底板を熱し、魔物の脂(豚バラから出たラードを保存しておいた)を引く。


ジュワァァ……。


いい音だ。

キノコの水分が蒸発し、香ばしい匂いが立ち上る。

さっき買ったばかりの塩コショウを振り、最後にほんの少しだけ醤油を垂らす。

焦げた醤油の香りが、俺の食欲中枢をダイレクトに刺激する。


完成。

『歩くエリンギのバター醤油焼き(バターはないけどラード風味)』。


俺は出来上がった熱々のキノコを、恐る恐る口(というか吸収機能)へ運んだ。

毒があれば、身体に何らかの不調が出るはずだ。

痺れるとか、HPが減るとか。


いざ。


……うまい。


驚いた。

歯ごたえはシャキシャキとしていて、噛むほどに濃厚な旨味が溢れ出す。

地球のエリンギよりも味が濃い。

野生のキノコ特有の力強さがある。

毒の気配もない。

身体が痺れるどころか、なんとなく魔力が回復していく感覚すらある。


「最高じゃないか」


これはメイン食材になる。

肉厚のステーキにしてもいいし、裂いてスープに入れてもいい。

何より、原価ゼロだ。


俺は歓喜した。

これならやっていける。

ダンジョンの魔物を狩り、調理し、冒険者に食わせて金を巻き上げる。

完璧なサイクルだ。


俺は残りのキノコもすべて下処理し、いつでも提供できるように【収納】へストックした。


準備は整った。

さあ、次の客よ来い。

腹を空かせたカモよ、この香りに釣られてやって来い。


俺は蓋を半開きにして、美味しそうな匂いを通路へ流し始めた。

今度はどんな料理で驚かせてやろうか。

俺はほくそ笑んだ。

箱の中で。

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