第3話 お代は経験値でいただきます
「ふぅ……」
少女が満足げなため息をついた。
俺の目の前には、綺麗に空になったパンくずだけが残っている。
完食だ。
フランスパン1本と、豚の角煮5切れ。
小柄な身体のどこに消えたのか不思議になる量だが、彼女の腹は満たされたらしい。
さっきまでの殺気立った雰囲気は完全に消え、今は縁側でお茶を啜る猫のように穏やかだ。
俺は蓋を開けたまま、じっと彼女を観察する。
敵意はない。
短剣は鞘に収められたままだ。
どうやら、命拾いしたらしい。
俺の「角煮作戦」は大成功だったわけだ。
少女はパンくずを払って立ち上がると、衣服の埃を丁寧に叩いた。
そして、俺に向かって居住まいを正す。
「ごちそうさまでした。……不思議な魔物さん」
彼女は深々と頭を下げた。
丁寧な礼だ。
育ちの良さが滲み出ている。
俺は何も返せないが、パタパタと蓋を小さく開閉させて「どういたしまして」を表現してみた。
通じたかは分からない。
彼女は腰のポーチを探ると、何かを取り出した。
チャリ、と金属音がする。
それを俺の正面、石畳の上にそっと置く。
「お礼。……少なくてごめんなさい」
彼女は少し恥ずかしそうに頬をかいた。
そして、名残惜しそうに俺(というより箱の中)を一度振り返り、ダンジョンの奥へと歩き出した。
足取りは軽い。
来た時よりもずっと力強く見える。
カツ、カツ、カツ……。
足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
静寂が戻ってくる。
俺は一人(一箱)取り残された。
だが、孤独感はない。
むしろ、嵐が過ぎ去った後のような爽快感があった。
生きた。
俺は生き延びたのだ。
しかも、料理を食わせて。
さて。
俺は彼女が残していったものに視線を向けた。
鈍い光を放つ、5枚の金属片。
銅貨だ。
表面には見たことのない王様の横顔が刻まれている。
金だ。
異世界の通貨だ。
彼女はこれを「お礼」と言った。
つまり、代金だ。
俺の料理に対して、価値を認めて金を払ったのだ。
「……嬉しいな」
心底、そう思った。
前世でも、客が帰った後のテーブルに置かれた代金を見るのが好きだった。
「美味かったよ」という言葉の、最も誠実な形だからだ。
俺は【収納】スキルを発動した。
見えない魔力の手が銅貨を拾い上げ、亜空間へと吸い込む。
とりあえず保管しておこう。
使い道があるかは分からないが、記念すべき初売り上げだ。
その時だ。
【対価を確認しました】
【経験値を獲得】
【条件達成:顧客の満足度が一定値を超えました】
脳内に無機質なアナウンスが響いた。
え?
ログが流れる視界の端で、ファンファーレのような効果音が聞こえた気がした。
【レベルが2に上昇しました】
【魔力最大値が増加しました】
【耐久値が増加しました】
【新スキル『ダンジョン内通販』が解放されました】
は?
通販?
俺は思考を停止した。
レベルアップは分かる。
RPGなら敵を倒して経験値を得るのが常識だ。
だが、俺は誰も倒していない。
ただ飯を食わせ、代金をもらっただけだ。
つまり、この身体(ミミック)にとっては、「商売」こそが戦闘行為ということか?
客を満足させ、対価を得ることが勝利条件。
だとしたら、俺にとっては天職すぎるシステムだ。
だが、最後のアナウンスが気になる。
『ダンジョン内通販』。
名前からして、どう考えても胡散臭い。
俺は恐る恐る、ステータス画面の下に追加された項目のアイコンを意識してみた。
ブゥン。
目の前に、青白いウィンドウが展開された。
そこには、馴染み深いグリッド状の商品リストが並んでいる。
まるで大手通販サイトのスマホ画面だ。
ただし、商品のラインナップが異常だった。
【商品リスト】
・地球産の醤油(1リットル):銀貨1枚
・上白糖(1キロ):銀貨1枚
・魔物の肉(下級・ランダム):銅貨5枚
・新鮮な野菜セット:銀貨2枚
・回復ポーション(小):銀貨5枚
……
「マジかよ」
俺は心の中で絶叫した。
買える。
地球の調味料が買える。
醤油も、砂糖も、味噌もある。
スクロールしていくと、調理器具や皿、さらには「簡易テーブルセット」なんてものまである。
画面の右上には、俺の所持金が表示されていた。
【所持金:銅貨5枚】
さっき、あの少女が置いていった金額だ。
つまり、この通販システムは、現実の(この世界の)通貨を使って買い物ができるということか。
Amazonもびっくりな即日配送システムだ。
俺は震えた。
箱がガタガタと音を立てるほどに興奮した。
これがあれば、戦える。
いや、作れる。
【収納】に残っていた前世の食材は、いずれ尽きる。
それが最大の懸念だった。
だが、稼げば仕入れができる。
仕入れができれば、もっと美味いものが作れる。
美味いものを作れば、また客が喜んで金を払う。
完璧なサイクルだ。
これはもう、ダンジョン経営シミュレーションだ。
俺はリストを眺めた。
銅貨5枚で買えるものは少ない。
「魔物の肉」か、「岩塩(小袋)」くらいだ。
だが、可能性は無限大だ。
今はまだ、ただの道端の宝箱に過ぎない。
けれど、いつかはこの場所を、冒険者たちが行列を作るレストランにしてやれるかもしれない。
俺はリストを閉じ、蓋をパタンと閉めた。
暗闇の中、俺はニヤリと笑った(顔はないが)。
やるぞ。
まずは資金稼ぎだ。
次の客はまだか。
ゴブリンでもオークでも構わない。
金さえ持っていれば、俺にとっては神様(お客様)だ。
俺は聴覚を研ぎ澄ませた。
遠くから、重たい足音が聞こえてくる。
今度は一人じゃない。
複数だ。
魔物の気配が濃厚だが、関係ない。
俺の「ミミック食堂」、これより本格始動だ。
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