第4話 黒猫

 <バイオレットダイヤモンド>

 紫色をした非常に珍しいダイヤモンドで価値が高く、カラーダイヤモンドの中でも最上級品です。大粒のバイオレットダイヤモンドは非常に珍しく、産出は小粒なものが多いです。この宝石は身につけることで、潜在的な力が引き出されます。


 図鑑を見ながら、ベルは深いため息をついた。

 母の形見のネックレスには石が付いている。色はバイオレット色で私の髪と瞳色と同じ色。この石はアルバートの見立てによると、バイオレットダイヤモンドらしい。ダイヤモンドって透明以外に色がついた物もあるなんて知らなかったわ。


 <バイオレットダイヤモンドの石言葉>

 石言葉は、「高貴」「神秘」「精神性」「知性」「愛情」「華やかさ」。

「高貴」とは、高貴な身分や品格の象徴

「神秘」とは、神秘的な力と秘められた能力

「精神性」とは、精神性と深い思考力

「知性」とは、冷静沈着さと物事を深く考える力

「愛情」とは、 慈悲深い心

「華やかさ」とは、華やかさの象徴


 ベルは再びため息を付き図鑑を閉じた。

 これって……万能無敵の石言葉では……?

 いえいえ、あり得ないわ。

 こんな山奥で暮らす庶民で、お金もないし、親も亡くし、親族もいなくて。……私には誰もいない。たった一人……。


 一人ぼっちの自分。誰もいない。

 この間の自分の誕生日だって、祝ってくれる人はもう誰もいない。

 目から涙が溢れてきた。頑張って強がって生きているけれど、時々言い表せない不安の中に引き込まれそうになる。ひたひたと孤独感が襲ってくる。


「にゃあ」

 温かいものが膝の上にやって来た。

 黒猫だ。幼い頃から一緒に暮らしている。

 一人っ子のベルにとっては、大事な連れ合いだった。いつも一緒に遊び、散歩して、一緒に寝た。

「エア、そうね。一人じゃないよね」

 黒猫の名前はエア。エアはベルの腕の中で、喉をゴロゴロと鳴らした。


 母が流行り病で突然亡くなり、ベルは毎日泣き続けた。

 でも、エアはずっと傍にいてくれたわ。エアがいてくれたから、立ち直れた。

 黒猫のエア。私の一番大事な、そして唯一のお友達。


「お掃除も終わったし、散歩でも行く? それとも、せっかくの休みだからのんびりしようか?」

 エアは眠たそうに、床に寝そべった。

 誘われてベルも床にごろりと転がった。エアは甘えたようにすり寄ってきた。

「明日からまた忙しくなるわ。お留守番をよろしくね」

 明日から一週間ぶりの仕事だ。店主の父親が怪我で入院したため、料理屋は店を休業中していた。

 忙しくなったら気も紛れるわ。そろそろ冬用の新しいメニューを考えてもいいかな。ポトフとか温かい料理がいいかも。明日店主のおじさんに相談してみよう。

 日差しを浴びながら一緒にまどろんでいると、黒猫は小さな寝息を立て始めた。


 

 翌朝、ベルが出勤すると料理店の扉に張り紙があった。

 <閉店のお知らせ。突然ですが、当店は閉店しました。長い間、誠にありがとうございました。>


「へ……閉店!」

 ベルは思わず叫び、窓から中を見た。

 どうやら人がいそうだ。ドアを触ると鍵は開いている。中に入ると、店主と奥さんが片付けをしていた。

「おじさん……。店……閉めるの?」

 ベルはのどの渇きを感じながら、絞り出すような声を出した。


 店主は片付けの手を止め、ベルに申し訳なさそうな顔を向けた。

「実はね、おやじの入院が長引きそうなんだよ。それでおやじの店を手伝うことになってさ」

 店主の父親も村の中心にある街で料理屋を営んでいた。料理人がいなくなるので、店主が代わりを頼まれたらしい。

「ほら、最近この国で変なモンスターによる被害が出ているだろう? この地域ではまだ見かけないけれどね。おやじさん、隣村まで仕入れに出かけその被害にあったらしいんだよ」

 店主の奥さんはそう説明しつつ、食器類を箱に詰めていた。


「もう……戻ってこないの?」

 片付けられた荷物の山を見ながら、ベルは立ち尽くしていた。私は首になるの? これからどうやって生きていけばいいの?


 ベルの立ちすくむ様子を見た店主は慌てて言った。

「ベル、大丈夫だ。おまえの勤め先は見つけてあるから」

「え? 勤め先?」

 とベルが尋ねる。

「そうだ、ちゃんとした屋敷の料理人だぞ。安心しな」

 店主の説明によると、お館様の屋敷で料理人の欠員募集があったらしく、ベルを推薦した人がいるらしい。お館様とはこのロックフィールドの領主のことだ。

「お館様の……屋敷?」

 ベルは息を呑んだ。

「ベルにお館様のところへ来てほしい、って人づてで言ってきてさ。驚いたんだけど、その推薦した人って、なんと前にうちに来たあのお貴族様らしいんだよ!」

 店主は少し興奮気味に説明した。

「もしかして……迷子になったあの貴族の方?」

 ベルはアルバートのことを思い出していた。

「そうだよ、あの小型金貨をくれた人さ。よっぽどおまえの料理が気に入ったんだな」

 店主は再び片付けの手を動かし始めた。

「良かったよな。俺たちも安心してこの店を閉じられるし」


 呆然としているベルに、店主は今後の手続きのことを話した。この店の前が待ち合わせ場所で、明後日の朝7時に使者の人がベルを迎えに来る。荷物は必要なものだけで、生活用品は向こうが用意するらしい。

「待って! 猫がいるし……」

 ベルは手続きの早さに慌てた。

「ああ、それも大丈夫さ。ベルにはペットがいると言ったら、『連れてきたらいい』ってさ。ペット付きで雇ってくれるってことさ」

 店主は箱を運びながら言った。


 店主の奥さんが少し小声でベルにささやいた。

「ほら、入院費も結構かかるからね。ちょうどこの小屋を買いたいって人も見つかってさ。山仕事の道具を置きたいんだって」


 ベルには選択肢は残っていなかった。雇ってもらえるなら、どこにだって行くしかないわ。猫のエアと一緒に行けるのであれば満足しなければいけないわ。

「……分かりました。おじさんおばさん、今までありがとうございました」

 ベルはお礼を言った。

 お館様の屋敷で料理人なら、作るのはきっと豪華な料理に違いない。自分も色々学べるかもしれないわ。一流の料理人ばかりだから、自分は料理人見習いかな。皿洗いでも下ごしらえでも、頑張らなきゃ。

 ベルは両手を固く握った。

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