第2話 注文

 ベルは皿を洗っていた手を止め、困惑の表情で下を向いた。

 お客から料理の注文が入ったけれど、店主ではなくなぜ私に作って貰いたいの? この男性は山の中で道に迷ったらしいけれど、間違いなく上流貴族だわ。上等な衣服に、高そうな馬、温和な貴族スマイル。


 この貴族は、何の目的でこの山に来たのかしら? お供もいなかったけれど、どこかではぐれたのかな。

 ここは何もない山奥で、この山を超えても街もないのにどうして?

 店主のおじさんとおばさんは、このあたりで採れる山の幸が気に入って店を開いたけれど、お客は山仕事の庶民しか来ないわ。


 たまたま迷子になった貴族が、たまたま見つけた子に連れられて、たまたま料理屋にやってきて、たまたま話を聞いて、たまたま私の料理を食べたいと仰せになる。

 おまけに、お礼として追加のお金まで払ってくださるそう。追加の代金と聞いた店主のおじさんたちは、目を輝かせているわ。

 もう私には拒否権はないわ。


「……分かりました」とベルは軽く頷いた。

「作ってくれるのかな? 楽しみだ」

 男性は顔をほころばせた。

 ベルは男性の方を向いて確認する。

「でも、簡単な料理しか出せませんがよろしいでしょうか?」

「ああ、お任せする」

 男性は顎に手を当てて少し考えながら、注文を付け足した。

「そうだ、先程の茸だ。あの茸を使った料理が食べたいな」



 ベルは採れたての茸を手に取り、まな板の上に並べた。メニューを考えるふりをしながら、心の中は疑心暗鬼でいっぱいだった。

 なぜだか何かが引っかかるわ。とにかく簡単な料理を出して、早く帰ってもらおう。でもお客様のために美味しい料理も作りたいわ。

 そう思いながら、水を入れた鍋を火にかける。


 棚からパスタを取り出して、きのこの横に並べる。

「おじさん、赤唐辛子を一つ使ってもいい?」

 赤唐辛子は、この国では少し値段が高い。勝手に使うことはできないので、念の為確認する。

「ああ、そこの瓶の中にあるから使ってくれ」

 お礼は十分にする、と言われているので店主の機嫌はいい。


 ベルは棚から赤唐辛子を一つ取り出した。風味づけに使うので、そんなにたくさんは要らない。赤唐辛子を小口切りに切った。

 にんにくは半分に切って、軽く潰す。いろいろな種類の茸は食べやすい大きさに切り分けた。


 たっぷりの熱湯でパスタをやや固めにゆでる。

 茹でている間に、フライパンを火にかけオリーブオイルと赤唐辛子とにんにくを入れる。そのまま焦げないように、火から少し離し手早く炒める。香ばしい匂いが立ち上がってくるところで、たっぷりの茸を投入する。

 手際よく炒めると、茸の豊潤な香りが辺りに漂い始めた。


 茹で上がったパスタを最後に入れ、塩コショウの味付けの上にハーブを隠し味に加える。この隠し味のハーブの味付けを、ベルは母から教わった。塩コショウの味付けだけでも、十分に美味しい。しかし、この隠し味はベルにとっては母の味だった。

 均一に絡むようにフライパンを振り、冷めないうちに皿に盛った。

 できたてのパスタを、男性の前に運ぶ。もっと凝った料理も作れるのだが、ベルはわざと簡単なものを選んだ。

 母との約束を守るためだ。


 <できる限り秘密は隠さなければならない>


 湯気が立ち上り、香ばしい香りがする料理が運ばれた。

「良い香りだ」

 その客は香りを楽しんだ後、茸のパスタを一口食べた。その途端男性から笑顔が消えた。一口食べた後、全く動かない。

 眉間にしわを寄せて厳しそうな顔をしている。貴族風の笑顔が崩れていた。


 調理場から男性の様子を眺め、ベルの表情が曇った。

 まずいのかしら? こんな庶民の料理は、お気に召さなかったのかな。どうしよう。お代金はいただけるのかしら。


 店主が、申し訳なさそうに口を開いた。

「美味しくないかい?」

 声をかけられて、男性ははっと我に返った。

「いや、とても美味しい」

 男性の笑顔は戻っていた。

「あまりに美味しくて驚いてしまったのだ。初めて食べる料理だが、とても懐かしいような味がする。素晴らしい味だ。ありがとう」と男性が誉める。

 店主も奥さんもほっとした表情になる。


 茸料理は、程よい歯ごたえと豊かな風味が口に広がる料理だ。くせのない淡白な味の茸や深い旨味のある茸もあり、調理方法がシンプルであればあるほど、茸の味や香りが引き立つ。


 男性は満足そうに茸のパスタを完食した。そしてパスタの代金と言って、小型金貨1枚を差し出した。

「え?」

 店主も奥さんも固まった。ただのパスタ一皿に小型金貨! 


「彼女はベル、というのかな?」

 男性は店主に微笑みながら尋ねた。

「あ……あの子はベルベットというんだ。私たちはベルって呼んでいるけどね」

 小型金貨を握りしめた店主は従順だった。

「ベルの料理は本当に美味しい料理だった。休憩もできてよかった。ありがとう」

 男性は礼を言った。

「いえ……こちらこそ……」

 店主は恐縮してしどろもどろである。


 男性の微笑は続く。

「少し頼みがあるのだが……。ベルに帰り道の案内をしてほしいのだが」

 と、男性はベルの方を見る。

「麓の道につながるところまで頼めないだろうか?」


「ベル! 今日はもうこれで終わりだから、この方の道案内が終わったらそのまま帰っていいからね。麓までしっかり送るんだよ」

 店主の奥さんも上機嫌だ。


 穏やかな貴族風笑顔に対して、ベルは頷くしかなかった。料理のお代として小型金貨をもらった以上、案内を断ることもできない。なぜか手に汗が出てくる。帰り道でこの男性にさらわれたらどうしよう。

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