黒猫と令嬢ベルベット・バイオレット

Shino Akizuki

第1話 出会い

 少女が落ち葉を掻き分けると、香茸こうたけが現れた。冬に向かう秋の山奥は色を失っていくようにみえるが、枯葉の下には豊富な山の幸が眠っていた。


 突如、少女の後ろでガザガザと音がする。

 慌てて振り返ると、一人の男性が馬を従えて立っていた。枯れ枝を踏みしめながらゆっくりと近づいてくる。

「なにか御用でしょうか?」

 少女はうろたえながら立ち上がった。


 少女は少しおびえた視線を男性に向けた。

 瞳は灰色、髪色はプラチナブロンド。黒のコートの下に紺色のクロックコート。首には白いクラバットを巻いている。袖には豪華なレースが使われており、服の精巧な刺繍を見ても一目で上流貴族と分かる装いだった。

 少女はじっとその男性を見つめた。中年の超上流貴族のようだわ。何歳くらいなのかしら? 


「道に迷ったのだ」

 その男性はかすれた声でため息をついた。

「お嬢さん、どこかで休憩できるところを知らないだろうか?」

「あっ……えっと……」

 少女は少し怪訝な顔をする。

 道に迷ったといっても、ここは街からも随分離れているわ。こんな装いの貴族がわざわざこんな山奥になぜ入って来たのかしら。


 しかしその男性は肩で息をして、ひどく疲れた顔をしていた。

「あの、この先に小さな料理屋がありますけれど……」

 少女の言葉に男性は安堵の表情をする。

「ああ、それは助かる。できれば案内してくれないだろうか?」

「……分かりました。こちらです」

 少女はどうしようかと一瞬悩んだ。しかし、多少の警戒心は持ちつつも案内することにした。

 身なりから見ても、盗賊には見えないわ。案内くらいなら大丈夫かもしれない。上品な振る舞いを見ても、上流貴族で間違いないわ。


 二人は黙ったまま山道を歩き出した。木漏れ日の中、乾いた落ち葉だけが足元で音を立てる。

「用事をしていたところを邪魔して済まない」

 少女が持っている籠の茸を見ながら、男性は詫びた。

「でも、もういっぱい採ったので……。ちょうど帰ろうとしていたところです」

 少女の言葉を聞いて、男性は不思議そうな顔をした。

「帰る?」


 少女は立ち止まって、男性の方に振り返った。

「料理屋はここです」

 二人の前には、山小屋風の小さな店が建っている。

「私、この店で働いているの」


 少女の言葉に驚いたのか、男性は少し目を見開いた。

「ここで働いているのか? 君は何歳?」

「十二歳です。……もうじき十三歳になります」

 少女はためらいがちに言った。庶民の子供は親が死んだら、働かなくては生きてはいけない。

 料理屋の小さな扉を開けて、少女は腰を落として挨拶をする。

「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」



「ベル、おかえり。茸は採れた?」

 店主が少女に声をかける。

「うん。たくさん採れたわ」

 ベルは茸でいっぱいの籠を台の上に置いた。

「こちらの方が休憩したいそうです」と、ベルは後ろを振り向いた。


 男性は表に馬を止めて、ベルの後から店に入ってくる。

「今は営業中だろうか?」

 席には客が誰もいなかったので、男性は店内を見ながら尋ねた。

「まだ大丈夫だよ。ずいぶんお疲れだね」

 店主が明るい声で答えた。

「どうぞ、こっちだよ」

 店主の奥さんに案内され、男性は調理場に近い席に座った。


 店主はお人好しで、閉店間際でも飛び込んできた客を断ったことがない。ベルは店の奥で片づけを始めた。


「なにか食べるかい?」

 店主の奥さんが席に座った男性に尋ねる。

「そうだな……」

 男性は顎に手をやり少し考えた後、顔を上げた。

「案内してくれた女の子はここで働いているのかな?」

 男性は優しい笑顔を店主の奥さんに向けながら、食事と関係のない話題を切り出した。


「ああ、あの子かい?」

 店主の奥さんはベルの方を振り向きながら、話し始めた。

「あの子はね、母親を亡くしてね。母子二人暮らしだったのさ。それでうちで働かないかと誘ったんだ」


「まだ十二歳だと聞いたが」

 男性の問いかけに店主の奥さんは頷いて、

「母親が急に亡くなってね。もう可哀想で」と言うと、

「それは気の毒だ」

 と、男性も同情したような表情をする。

 男性の柔和な表情につられて、店主の奥さん口が軽くなっていく。

「あの子の母親がここで働いていたときにも、あの子は時々手伝いに来ていたんだよ。一人ぼっちになって、ここで働いてみないかと声をかけたんだよ」

 調理場から店主も話に加わった。

「子供一人で心配だったし、放っておけなかったからな。一生懸命に店を手伝ってくれて健気な子だよ。料理もとても得意でね、むしろ助かっているくらいだ」


 調理場の奥で、茸を取り分けながらベルは話を聞いていた。

 おじさん、おばさん、話し過ぎだわ。その人は知らない人だし。こんな山奥に上流貴族がいること自体がおかしいのに。

 貴族の穏やかな笑顔は、時には戦略的な微笑みである。庶民の店主たちは、貴族の笑顔を疑うことを知らなかった。


「あの子の料理は、そんなに美味しいのか?」

 男性の穏やかな言葉を聞き、店主が頷く。

「母親譲りなのか、まだ子供なのに作る料理は絶品だよ。普段は店であまり作らないが、あの子が考えたメニューは客から評判なんだ」


 ベルは会話に加わることを避けながら、皿を洗っていた。おじさんたちはニコニコしながらお貴族様と話しているけれど、なんだか嫌な予感がするわ。

 時々店のレシピは考えるけれど、わざと作らないようにしているのに。亡くなったお母さんから言われているもの。


 <秘密をできる限り隠しなさい>って。


 ベルの胸騒ぎは的中した。

「それならぜひ彼女の料理を食べたいものだ。特別に作ってくれないかな?」

 男性はベルに視線を向けてにっこりと笑い、注文を出した。

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