第6話

 平均値という概念を揺るがした性人校長の記録。俺がそれを上回ったのは、何時頃のことだっただろうか。

 どうあっても日本に戻れそうにもない俺は、女王陛下公認の種付けお兄さんとして、八面六臂の活躍をしてやった。もちろんファッキンガムとかいう名前の大宮殿にて、ドーヘンタイン王国を統べるアン14世と一戦を交えたことすらある。あまりそういう趣味はないのだが、これは所謂寝取りになるのか。そんなことを思ったが、ダイヤモンドをあしらった純金製貞操帯を自慢げに輝かせる王配のフニャーチン公爵は、嫡子を授かるや否か枯れてしまったようで……一盗の愉悦は遂に分からぬままとなった。


 それからあちこちの街を訪れ、ハッピを着たピチピチの町娘達に揉みくちゃにされたりもした。

 俺の存在が切っ掛けで宗教界に大激震が走り、これまた俺にまつわる聖職者の醜聞が世を賑わしたりする中、"共産"主義とかいう変な思想が流行り始めた。マルクスとかレーニンのあれとはだいぶ違う。貴族階級が奇跡の種男を独占しているのは許せない、人民の共有財産とせよ、要するに私達にも"共に産ませろ"といったような主張だ。奇跡の種男というのが誰のことかは言うまでもないだろう。しかもこれがかなり過激な運動に発展してしまったので、俺は我が身をもっての宣撫工作に駆り出されたのだ。元々大した生まれでもなかったから、身分の差とかどうでもいい。だから朴訥で野性的で下半身丸出しの彼女達に半ば輪𪟧されたのも、なかなかに楽しい経験になった。


「ただそれでも、少し疲れてきているな」


 四半世紀ほどヤリチン街道を一心不乱に駆け抜けてきた俺は、このところ体調が優れなかった。

 つい数か月前までは毎日3度の食事を摂り、7人の女を抱くのが日課だったのだが……河川機動で王都を奇襲してきた人食いシャケ軍団との戦闘に巻き込まれ、すっ転んで右足を骨折してしまった。それを契機としてちょっと老け込んでしまい、脱法回復魔法と新開発の強壮魔法を組み合わせても、最近は5人が限界なのである。


「コーンヨーク出張のついでに、温泉街で療養でもしてこようかね」


 旅支度などしながら、俺はちょいと考えを巡らせた。

 とはいえコーンヨーク地方を統べるアオカンビッチ辺境伯に挨拶して、それから温泉組合の長のところを回り、更にその次にと考えていくと……何だかんだで40人以上のお偉方と交合せねばならぬ。現着してから1週間以上かかるだろう。


「あっちもいい女ばかりだから、期待に股間が膨らむが……ゆっくり湯に浸かれるのは随分後になりそうだ」


「はあ、相変わらずお盛んですのね」


 一応は愛妻および8児の母となったイリーナが、少しばかり妬いてくる。

 男があまりに早逝するものだから、ドーヘンタイン王国は基本的に母子家庭ばかりで、地球において一般的な夫婦関係はほとんど見られない。それでも俺の振る舞いから読み取ったのか、あるいは修道院生活を経ても治り切らぬ性癖が故なのか、妙な家内らしさを身に付けてきていた。


 そうして彼女は首筋に吸い付き、所有権でも主張するかのように、はっきりとした唇の痕跡を残していく。

 かつての監禁してでも搾り取るとばかりの独占欲は、表立ってはなりを潜めているとはいっても、未だ健在ということなのだろう。だがそれでいい。ハッキリ言って人格的にはクズの部類に入るどころか、それを遥かに通り越した異常性愛者で、更には性欲に任せて痴愚魯鈍な真似までしたほどだが……まあ割れ鍋に綴じ蓋。単に好色エンジン全開で動いていただけの俺には、やっぱこいつがお似合いなんじゃなかろうか。


「と、そろそろ馬車の時間かしら」


「ああ。まあちょっと長くなるが、留守をよろしく頼むよ。戻ったら夫婦水入らずとしよう。何だかんだ言って、お前のお腹には実家のような安心感があって、離れ離れになるとどうにも逸物が寂しくなる」


「ふふ。帰りが遅いと不能になる暗黒魔法を使いますからね」


「おお、怖い怖い。まあそれじゃあ行ってくる。イカせてもくるがね」


 定番の好色増殖炉ジョークを交え、俺は車寄せより馬車へと乗り込んだ。

 乗客は自分のみ。以前は道中暇だからと、メイドさんを連れ込んだこともあったのが、抱き合ってる際に舌を噛んだので止めにした。それにたまには独りの時間も必要だろう。そう思ってぼんやりと外の景色を眺め、市街が田園へと移り変わっていく様などを楽しんだ。遠くに見える黒々とした森には、俺の転移ポイントたる池もあるはずだ。


 ただそれから程なくして、突然に意識が朦朧とし始めた。

 手足が痺れ、眩暈がする。脳梗塞の類と思われ、これはフェータルな奴だと、どうしてかすぐに理解できた。これまでに味わった無数の女達、それから生まれ故郷の親類縁者や幾らかの友人、川を遡上するシャケなどが、走馬灯のように脳裏を駆け回っていた。21世紀の日本――ああ、既にこの言葉すら何もかも懐かしいな――に生まれた俺は、人間50年なんて流行りじゃないとは思うが、生殖というのは決して低コストな営みではないのである。


(でもまあ……)


 異世界ハーレムエロゲ的人生を満喫し、信じられないくらい子種をばら撒けたのだから、これで良しとすべきだろう。

 それから10年ほど前に判明したことだが、俺の血を引いた男児は、射精しても死なない子ばかりになるようだった。婦女子がたが精を求めてきたら、幾らでも応じてやれ。そう教えてきたし、子供達も教えるまでもなく実践して既に孫をこさえていたから、まあ将来も安泰と言えるだろう。


 ただそれでも、もう少し女体に溺れていたかったかもしれない。

 それに死ぬのであれば、イリーナの腹の上でが望ましかった。あいつは当初それを狙っていたのだから、昨晩そうしてくれればよかったのに。そんな届きそうにない慕情を抱きながら、何とか意識を保ち、昨年よりの大ヒット商品たる声感紙を懐から取り出す。魔力の込められたそれは、声を文字として封じることが可能な逸品で……松尾芭蕉が異世界転移して殴りかかってきそうな辞世の句を、人生の最期に俺は詠んだ。


「女に病んで 鮭は狭川を かけ昇る」





 なお大性人として列聖された鮭川昇の死から100年後、ドーヘンタイン王国およびその周辺国は大惨事に見舞われた。

 悪魔的な病魔が異世界中を駆け巡り、文明後退が起こるほどの壊滅的被害を齎したのだ。ネズミ算式に増えていた人口は急減に転じ、神の怒りだとか悪魔のせいだとかいう議論が巻き起こった。


 結局のところその原因は……遺伝的均一性の高まりと交配回数の指数関数的増大であった。

 射精しても死なないという特性があまりにも強力無比だったので、まさしく疾風怒濤の勢いで、異世界人類の遺伝子を上書きしてしまったのである。つまり遠く離れていた者同士でも、遺伝的にはほぼ兄弟姉妹。更にはそれまでの性選択の結果、やたらと情交を好む女性ばかりが残ってしまっていた。そのため特異個体が増殖し始めるや否や、不特定多数との粘膜接触が猛烈になされまくってしまい、疫病が著しく広がり易い環境が、何時の間にか出来上がっていたのである。


 とすれば鮭川昇を異世界転移させた神は、相当にいい加減だったのだろう。

 生物兵器級の個体を適当に放り込んだ挙句、「よく分からんがヨシ!」と放置し、数百万時間ほどパラドゲーで遊んでいたのではなかろうか。こんな現場猫神の不注意に巻き込まれた世界の者からすれば、本当に理不尽という他ないだろうが……こういう奴は「俺じゃない、あいつがやった、知らない、済んだこと」とおあしす運動を展開するので、これまたさっぱり改まらない。まったく困ったものである。

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異世界サーモンピンク 青井孔雀 @aoi_kujaku

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