第4話

 俺達はそれから数日ほど、人間の三大欲求をひたすら追求していた。

 端的に言って寝て食ってヤるだけである。朝立ちの上にはイリーナが跨ってるし、陽光が温かいからスケベしようぜと意気投合。昼食後の腹ごなしにお馬さんごっこで、お八つのケーキを食ったらまた抱き合う。夕餉前にも押し倒すし、風呂場では体を洗ってるのだか汁塗れになってるのだか分からない。もちろん深夜はアルコール入りの大運動会。お互い何時の間にか眠っていて、そのうち朝日とスズメに起こされる。何たる淫靡、何たる退廃。これにはブッダも怒りそうだが……この異世界に仏教は普及していないし、据え膳食わぬは男の恥。一生に一度くらい、こういう経験をしたっていいじゃないか。


 なお所謂賢者タイムとやらは、ほとんどありはしなかった。

 ファイアボルトなる詠唱によって火球が放たれ、それを食らった巨大人食いシャケが焼死体となったことからも分かるように、この異世界には魔法がある。それが原因だ。RPGゲームの女僧侶に極限まで罰当たりな恰好をさせたようなのが、だいたい行為が終わったタイミングで、雌雄の臭気が充満し切った豪奢な私室にやってくる。ニンフォビッチの屋敷の住み込みであるらしい彼女は、俺を床に寝かせて魔法陣を展開し、自分の局部を丹念に擦りながら、


「ヤイテカナイ、アーイキソ、イイヨコイヨ」


「イキスギィイクイクンアーッ、マクラガデカスギル」


 と空耳されるような呪文を、恥ずかしげもなく詠唱していくのだ。

 すると体力および精力があっという間に回復し、再び戦闘状態になってしまう。回復魔法の猥褻的悪用法あるいは脱法回復魔法だ。市販のエロ漫画やエロ同人誌などを読んでいると、一晩に十数回もまぐわう主人公あるいは竿役の人間離れした絶倫ぶりに、ある種のファンタジック要素を感じることも多いだろう。しかしここドーヘンタイン王国では、それが魔道工学的ソリューションによって実現されているのである。


 でもって施術が完了すると、イリーナめが間髪入れずに襲い掛かってくる。

 こいつの性欲は底なし沼、男子高校生に連続オーガズム能力を与えたようなセックスモンスターだ。もちろんクソ雑魚チョロインぶりは相変わらずで、挿入してやればすぐに達し、川岸に打ち上げられたシャケのように肢体をばたつかせたりする。それでも一応は職業軍人であるからか、彼女は体力お化けでもあって、病的なくらいしつこい。あまり話は長くないし、これっぽっちも婆さんではないので、当面は用済みになりそうになかった。

 ただどうにも理解し難いのは、股間から精液をだらりと垂らしながら、この上ないドヤ顔をしたりするところだ。しかも念写士を呼び寄せ、わざわざその様子を記録させる始末。ンアーッ、カルチャーギャップがでかすぎる!


「というかそれ、いったい何に使うんだ?」


 陽が暮れて暫くした頃。塩と胡椒で味付けされた肉料理を頬張りながら、俺は質問する。

 現像されて間もないハメ撮り念写など眺め、全裸でニヤニヤしていたイリーナは、物凄く怪訝そうな表情を浮かべた。


「ノボル、あなたって常識がありませんわね」


 お前にだけは絶対言われたくないぞ。


「ついでに男としての慎みも皆無ですし、生存本能も備わっているのか分かりませんわ。まああなたの無知蒙昧さと無謀さ、それから信じ難い強運が故、私はこうやって、酒池肉林の放蕩生活を思う存分堪能できているのですけど」


「生存本能?」


「ええ……本当にあなた、今までどうやって生きてきたのですの?」


 うーんまあ、それなりの人生を送ってきたとしか。

 山形は遊佐町の牛渡川沿いにある家に生まれ、毎年遡上してくるシャケという自然の神秘を見て育った。魚類への興味が幼少期より芽生えていたので、相応に勉学に励んで水産系大学へと進学し、まあ人並みに青春など謳歌してきたといった具合だ。養殖プールへの転落を切っ掛けとして異世界転移し、そこで出会った異常性愛の全裸若年女性と爛れ切った性活をしているというウルトラ級異常値を除けば、シグマ値の大きそうなイベントもない。


 ただこのありふれた人生の中に、この狂った異世界の常識から逸脱したものがあるのだろう。

 とはいえそれは何だ? 少なくとも生死に関連しそうなものは……あれこれ考えてみたが、まったく思いつかなかった。頭を捻りながら肉料理を咀嚼し、キュウリ入りのサンドイッチを更に齧り、まむしドリンクっぽい効用があからさまにありそうな飲料を飲み干す。食前に掛けられていた回復魔法の効用と相俟って、またぞろ下半身がむらむらし始めた。向こうもその気満々なようだし、難しいこと考えるのは後にして、さっさといちゃつくとするか。


「ところでノボル」


 ちょうど食卓から立ち上がったところで、イリーナが尋ねてきた。


「あなたこれまでに何回射精したか覚えておりますの?」


「え? そんなもの覚えてる訳ないだろ。今までに食ったパンの枚数とか覚えてないでしょ?」


 何を聞いてるんだこの色ボケは。内心そう思いつつ、俺は軽く切り返す。

 ただ己が太腿の辺りに視線をやると、「イリーナ・ニンフォビッチ専用」「雄犬」「孕ませ棒」などという爆笑ものの表記の横に、画線法で膣内射精回数が示されていた。こいつは毎度ながら、洗ってもなかなか消えない油脂性のインクでもって、俺の体に落書きなどしやがるのだよな。


「まあでもざっと数千回くらいじゃない? 1日1回くらい自分でするって考えたら、10年弱でそれくらい」


「な、な、何ですって!?」


 驚天動地の声が甲高く響き渡る。

 片付いた食器を運んでいたメイドやら女僧侶やらも、俺の申告を耳にして騒然となる。いや何がおかしいんだ、健全な男子だったらそれくらいするだろうが。というか普通にお前等にも欲情するからな。脱法回復魔法のお陰で無限射精編に突入できているのだから、屋敷の従者達も全員侍らせてハーレムでも作りたいというのが本音だが……ちょいとよそ見をしただけで、誰かさんが般若の相で頬を抓ってきたから、なるべく見ないようにしているだけだ。


「ともかく、数千回だなんて絶対にあり得ませんわ」


 イリーナはピシリと断言し、


「普通は20回も出せば死んでしまうでしょう? 私の膣内に射精してくれた分だけで既に48回、これだけでだいぶ奇跡的な数字じゃありませんの。私もだいぶ驚いているんですのよ?」


「お前は何を言っているんだ」


 俺もまた真顔になって、反射的にどこぞの外人みたいな台詞を吐く。

 しかしここで脳裏を過ったのは、一緒に拉致監禁されていためそめそ兄弟の不可解な態度。あいつらが今どういった境遇にあるのか、未だに牢屋に繋がれたままなのか、それは分からないし大した興味もないが……陽の光を忌避する吸血鬼が如く、彼等は女性との交合を恐れていた。


 そして俺は頭をフル回転させ、知能指数が2くらいしかなさそうな結論を導き出した。

 そう。このイカレた異世界の男は、射精時に5%程度の確率で死んでしまうのだ。一方で女の方はそうではないようだから、男の側が極端な生殖リスクを負っている形となっており、これが原因で貞操逆転が成立してしまっている。脊椎動物であっても一部の魚類や爬虫類、それからトガリネズミのような有袋哺乳類など、一生に一度しか生殖行為を行わない生き物は実在し……それに近い生態だと考えれば辻褄が合う。謎はすべて解けた!


「いや、シャケかよ!!!」


 俺の右手は条件反射的に空を切った。

 誰かに対してという訳ではなく、この素晴らしくアホ過ぎる異世界に、祝福ではなくツッコミを入れたのだ。

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