第三章 軋むレール、交わらぬ視線

 波音村での再生可能エネルギープロジェクトが着々と進み、ワープゲート実用化への期待が日増しに高まる中、そのニュースは瞬く間に日本全国へと広がっていった。


 テレビや新聞、インターネットメディアはこぞって「三陸の小さな村が生んだ未来の扉」「瞬間移動、夢が現実に?」といった見出しでタケルの発明を報じ、社会的な注目度は一気に高まった。多くの人々がこの革新的な技術に胸を躍らせ、タケルのもとには応援のメッセージや問い合わせが殺到した。しかし、光が強ければ影もまた濃くなるのが世の常である。期待の声と同じくらい、いや、それ以上に大きな懸念の声も上がり始めたのだ。その矛先は、既存の交通機関への影響だった。


 そんな折、JR東日本および関連バス会社の地域統括部長である高橋雄一郎氏が、波音村を視察に訪れるという連絡が入った。高橋氏は50歳、長年交通インフラの最前線で辣腕を振るってきた人物で、その表情には厳しい警戒の色が浮かんでいた。彼は、村役場でタケル、権三村長、そして電力会社から同席した遠藤氏と向き合った。


「浜崎さん、あなたの発明が素晴らしいものであることは認めましょう」


 高橋氏は、重々しい口調で切り出した。


「しかし、我々交通事業に携わる者として、このワープゲートの登場は看過できません。もしこれが本格的に普及すれば、我々が長年かけて築き上げてきた鉄道網やバス路線は、深刻な打撃を受けることになるでしょう。特に、地方のローカル線やバス路線は、ただでさえ厳しい経営状況にある。利用者が激減し、廃線や減便に追い込まれる可能性も否定できません」


 その言葉は、部屋の空気を一瞬にして凍りつかせた。タケルは、ワープゲートが既存の交通機関と競合するのではなく、むしろ補完し合う関係になれると考えていたが、高橋氏の危機感はタケルの想像以上に深刻だった。


「高橋さん、お待ちください」


 タケルは必死に訴えた。


「私は、ワープゲートが既存の交通機関を駆逐するとは考えていません。むしろ、連携することで、新たな価値を生み出せると信じています。例えば、駅から離れた観光地へのアクセスを改善したり、災害時の緊急輸送路として活用したり…」


 しかし、高橋氏はタケルの言葉を遮った。


「それは理想論です、浜崎さん。具体的なメリットが見えない限り、我々がこの計画に協力することはできません。我々には、地域住民の足を守るという使命がある。安易な楽観論でそれを危険に晒すわけにはいかないのです」


 議論は平行線を辿り、高橋氏は硬い表情のまま波音村を後にした。タケルの心には、鉛のような重いものがのしかかった。電力問題という大きな壁を乗り越えたと思った矢先に、今度は既存産業との軋轢という、さらに厄介な問題が立ちはだかったのだ。


 追い打ちをかけるように、一部のメディアが「夢の技術か、交通パニックの引き金か?」「ワープゲートが雇用を奪う?」といった扇情的な見出しで、ワープゲートに対するネガティブなキャンペーンを張り始めた。タケルの研究室には、匿名の誹謗中傷の手紙やメールが届くようになり、純粋な発明への情熱を注いできたタケルにとって、それは耐え難い苦痛だった。彼は次第に憔悴し、研究室に籠もりがちになった。一時は、あれほど情熱を傾けてきたワープゲートの開発を中断することさえ考えた。


「お父さん、元気ないね。未来、心配だよ」


 ある晩、研究室で一人うなだれるタケルのもとに、娘の未来がそっと寄り添ってきた。その小さな手でタケルの大きな手を握りしめる。妻の海も、黙ってタケルの背中をさすった。


「あなた、少し休んだら?焦ることはないわ。私たちは、いつだってあなたの味方よ」


 親友の良太も、いつものように豪快な笑顔でタケルを励ました。


「おいタケル、何をしょげてるんだ!お前がそんな顔してたら、ワープゲートが泣くぞ!俺たちは、お前の夢を信じてる。村のみんなもそうだ。下を向いてる暇があったら、どうやったらあのカチコチ頭のJRの部長さんをギャフンと言わせられるか、一緒に考えようぜ!」


 家族や友人の温かい言葉、そして変わらぬ村人たちの応援が、タケルの凍りついた心を少しずつ溶かしていった。そうだ、自分は一人ではない。この発明は、決して誰かを不幸にするためのものではないはずだ。社会からの批判や抵抗に打ちのめされている場合ではない。もう一度、原点に立ち返り、ワープゲートが持つ真の可能性を追求し、既存の交通機関とも共存共栄できる道を探し出さなければならない。


 タケルは顔を上げた。その目には、再び力強い光が宿っていた。彼は、高橋氏の言葉を反芻した。「具体的なメリットが見えない限り…」。ならば、具体的なメリットを示せばいい。ワープゲートが、既存の交通機関を補完し、地域全体に利益をもたらす具体的な活用案を、誰の目にも明らかな形で提示するのだ。


 この対立と苦悩の時期は、タケルにとって試練の時であったが、同時に、彼の発明家としての視野を広げ、社会との調和という新たな視点を与える貴重な機会ともなった。Win-Winの解決策は、まだ霧の向こうにあったが、タケルはその霧を晴らすための第一歩を、確かな足取りで踏み出そうとしていた。


 軋むレールが奏でる不協和音の先に、いつか調和のメロディーが響き渡る日を信じて。

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