しぶんぎ座story

沙華やや子

しぶんぎ座story

 オレは早耶さやを愛してる。


 早耶は大人しく、黒目がちな瞳が印象的で華奢な、少女のような女性だ。


 愛してるけど……オレには婚約者の名美子なみこがいる。

 名美子はしっかり者で明るい。髪型は、早耶とは対照的なショートヘアー。思いやりに溢れた女性だ。美人の部類ではないが愛嬌がある。


 オレは基弥もとや、29才。

 ずっとサッカーをやってたから、スタイルには自信があるぜ? 顔はたぶんフツー。

 

 オレと早耶、出逢うのが遅すぎたのかな。使い古された言葉。

 否、そんなことはないな。


 何もおセンチを決め込もうとしている訳でもないさ。切ない三角関係、儚げなプラトニックラブ、そんなの小説かなにかの素材さ。



 ――――現在2026年1月4日の……なんと午前4時だ。凍てつく外気の中。



 オレと早耶の関係? ああ、婚約者である名美子の親友が早耶なのさ。


 何度でも言う。お前は馬鹿かと言われても。

 オレは早耶を愛してる。


 フィアンセの名美子と早耶は高校時代の3年間、ずっとクラスが一緒だったらしい。


 オレ達三人は大学の同期生として知り合い意気投合した。よく三人で遊びに行ったよ。遊園地だの映画だの、海水浴もな。


 名美子の猛アタックで付き合い出したオレ達は、親に秘密で同棲を始めた。

 

 その頃から三人で遊ぶことが減って行ってさ、オレは早耶への恋心に気づいたんだ。


 同棲を始め半年経った頃……名美子は妊娠した。


 「おめでとう」と口にしたが、早耶は……淋しそうだった。


 オレは父親になる道を選んだ。



――――こんな寒空のもと、今オレは大好きな早耶と二人きりだ。


 交わす言葉は「この寒さ、異常だねー」「ココアがあって良かった」ぐらい。

 早耶と居る時に、黙りこくっていても何かふんわりと居心地が良いんだ。


 婚約者の名美子は、年末から九州の実家に帰ってる。


 きのうの早耶からの電話。


『しぶんぎ座流星群、流れ星が明日見られるのよ? 知ってた? 基弥』


「そうなの? ぜんぜん知らなかった、変な名前だな」

 オレはなぜか、名美子と話す時よりも早耶と話す時のほうが素で居られる。


『ンフフ。なにやら”四分儀”という天体観測のための機器が昔あったらしくって、そこからついた名前なんだとか 』


「へ~」


『基弥、見に行こうよ! 明日の未明から6時ごろ! きっとお星様がいっぱい落ちてくるよ?』 


 名美子と男女の関係になってからというもの、早耶と二人きりで出掛けたことはない。


 早耶に対して気持ちがあるだけに(名美子に悪い……)と思った。なにか言い訳を作って断ろうとした時、『これで最後にするから、デートして……お願い、基弥』と……早耶が言ったんだ。


 胸を抉られる想いがした。


 早耶に愛されていた。

 知らなかった。



――――小高い丘の上、朝の5時15分。オレと早耶。


 雪だるまみたいに着込んでも、早耶は消え入りそうに見える。


 オレは本当の気持ちを一度だけ伝えたくなった。早耶と同じ気持ちだと……。

「早耶」


「しっ……! みて、基弥。いっぱい降って来た」


「ン……」


 見上げると、綺麗だなぁ。流れ星が次から次へと煌めきながら落ちて来る。


「基弥? 夜空は泣くのよ。流れ星は涙」


 早耶がそう言った時オレは、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、隣にいる早耶のほうを見た。


 うつむきがちな早耶は、毛糸の手袋をはめた両手を合わせ握りしめ、瞳を閉じている。


 抱きしめたい気持ちをグッとこらえた。

 そうして早耶が目を開けるのを待った。


「何をお願いしたの?」


 早耶の唇が震え出した。

「……もう泣かないで、ってお願いしたんだよ。エヘ」

 笑っているのに、涙をこぼしている。


 オレはたまらず、早耶を夢中で抱きしめた。早耶の体温を感じる。壊れてしまいそうなほど早耶が好きだ!


「ア――――ッ! ア――――ッ!」


 正直びっくりした。いつも控えめな早耶が大声を上げ泣いている。オレにしがみ付いて。

 そして「ごめんなさい、ごめんなさい」と必死でオレの背中にギュッと手を回してきた。


 オレは、ただただ早耶の存在が可愛くて、愛おしくて、早耶を抱いたまま男泣きした。


 本当は口づけをしたかった。やるせない。


 早耶のほうからそっとオレの体から離れた。もう泣いていない。


 今日ここへ来たことに苦い後悔すら覚えた。


 しぶんぎ座流星群はオレ達に降り注いだ。



 ――――切ない三角関係、儚げなプラトニックラブ、そんなの小説かなにかの素材。


『事実は小説より奇なり』なんて言うだろう?


 はるかにフィクションを超える疼きだ。



 ――――2027年1月4日。


 オレは妻の名美子と乳飲み子を家に残し、一人、未明にしぶんぎ座流星群を見に去年の丘へとやって来た。


 オレと一緒に流れ星に包まれたあと、2026年春……天に昇ってしまった早耶に逢いたくて。


 不思議と安らかな気分だ。短い草の上に大の字で寝転がり仰ぐ星空。


 オレは……オレは、こんなに……早耶を愛してる。


 それはしがみつくこととは違う。


 

 暫くすると流星の祭典が始まった。

 オレはキラキラと輝く星に赦しを乞うた。(一度だけ、声に出して言わせてください)と。



「早耶、愛してる」







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しぶんぎ座story 沙華やや子 @shaka_yayako

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