第3話 悪の計画は綿密である


「今日もだったか…………買い物袋を落とさなくてよかった…………」


 この一か月で例の赤い空間に囚われた回数が20を超えている気がする。


 毎日のように走り回っては化け物を拳で粉砕している、そんなバイオレンスな日々を送っているなんて言ったら気が狂ったと言われるだろうか。


 言われるだろうな、俺も何も知らない状態でそんなこと言われたら狂ったと言いそうだ。


 今回、発生したタイミングは買い物帰りだった。


 というか、そもそも赤い世界自体が午後、主に夕暮れ時に発生している。


 買い物帰りと聞いたらいつでも行けるだろうと思うが、時間ギリギリのセールが発生するタイミングの帰り道だった。


 つまり普通に遅い時間、昼と夜の境目くらいが一番発生している気がする。


 場合によっては朝早くから起きることもあるからぶっちゃけ当てにならない。


 心の準備をいつでもしていないと最近の道は危ないとしか言いようがない。


「…………パスタ作るか」


 ずっとそんなことを考えても飯の種にならないし、むしろ腹が減るばかりだ。


 あれに巻き込まれたところで助かるのは自分だけだし、誰かいたとしてもゴブリンもどきが多すぎて助けに行けば自分が死ぬのは目に見えている。


 ぶっちゃけ、あいつら自体は弱いから何とかなってるだけで本当に数が多すぎて気が気じゃない。


 全方向から襲いかかってるから脅威があるのに、それら全てを捌いて誰かを助けられるか?


 …………分かってる、言い訳でしかない。


 一緒に居た人たちを全て見殺しにした。それだけは間違いなく事実だ。


 それでも言わせてほしい。俺は悪くない。


 あんなもの、どうしろというのだ。助けられて感謝だけで済むのか?失敗したら死ぬかもしれないのに?


 別に、俺が特別な力があるとは思えない。やってる事は単なる力で殴る蹴るくらいだ。


 特別な力があったとしても、見捨てた事には変わらない。


 でも、それで俺が責められるのは違うんじゃないか?


 俺だって精一杯頑張って生き延びようとしてるのに、後からああすればもっと助けられたとか言われたらブチ切れる自信がある。


 無理だよ、俺なんて今茹でられているパスタの1本みたいなものだぞ?


 湯がく際に何本か逃げるだろう?今かなように数本だけ箸で捉えられなかったパスタの1本が俺だ。


 そんな偶然が重なりまくって今を生きてるって気がするんだよな。


 死にたくないという気持ちを捨てない限り何とかなってる気もする。


 はあ、こんなんだから辛いままだ。


 少しは前向きに考えないとこの先生きていけない。


 よし、茹で上がったパスタを湯切りして一度置いて…………あ、ニンニクの処理がまだやってなかった。


 急いでひとかけらとなっているニンニクを冷蔵庫から取り出して速攻で刻み、フライパンで軽く炒める。


 急げ急げ、パスタが冷めないうちにしないと不味くなる。


 軽く炒めたニンニクをパスタにかけて、そして適当に混ぜたら完成です。


 はい、簡単ペペロンチーノ、唐辛子抜きです。


 疲れた時は安く手軽な麺類を作るに限る。カップ麺は思ってるよりも高いし、それに今日はあんまりガッツリ食べたくない。


 逃げる際に、ちょっと人の肉が飛び散るのを見ちゃったから…………


 嫌だなぁ、何でこんな血みどろっぽい日常が平時となってるんだよ。


 これにも慣れてしまったらおしまいだ。波乱万丈とはいきたくもないし、せめて普通の人としてそこそこいい人生を歩みたい。


 丁度良く出来たペペロンチーノを啜りながら、俺は晩飯を食って夜をぐっする眠れるよう準備をするのであった。



























「おかしい、5人食い殺せば一セットが終わるのに、何でおめえらはその5人を殺せてないんだ?あぁん?」


 ここはどこかの山奥、一般的には立ち入り禁止地区となっているのだが、美しい女性の声は静かに響く。


 しかし、美しいと言っても相手を脅すようなドスの効く低い声であり、事実、その声を聴いた者達は震えあがった。


 誰がその声を聴いたのか?


「聞いてんのか?小鬼ってのは数だけが取り柄だろうが、人間に負けてんじゃねえよ!」


 怒声、それだけなのに周囲の木々がなびく暴風が発生する。


 正座して聞いていた小鬼たちの何匹かが吹き飛び、耐えた小鬼も怯え続けている。


 辺り一面を敷き詰める人食いの小さな異形が一体何を恐れているのか?


 その正体、小鬼と同じように人型ではあるが灰色の肌とは違って赤の絵の具をぶちまけたような真っ赤な皮膚に等身も小鬼のそれとは遥かに上、つまり高身長。


 小鬼と似た角、小鬼よりも一本多い二本の角が天を突くかの如く反り返っている。


 それこそ王者の証と言わんばかりに割れた腹筋、力強い足、そして三対六本ある腕。


 その体は女性というには筋肉マッスルであった。


「知恵もない、力もない、生きる力もないゴミが繁殖できるのは偏に慈悲だってのによぉ、人間に頭かち割られた程度で逃げ帰ってんじゃねえよ!」


 豪、と再び咆哮するだけで周囲の小鬼が吹き飛んでいく。


 彼女は鬼、それも阿修羅とよばれるような戦いを好み戦いに生きる悪鬼である。


「お前に慈悲を与えてやってるのはアタシだ。お前たちにちょうどいい餌を与えているのは奴らだ。なのにギリギリ成果を上げられていない。大将を舐めてんのか?」


 なお、大将というのは阿修羅である彼女のことを指している。


「件の儀式をちょくちょく成功させて、この、なんだっけ、えーと…………」


GAUGAUGAUGAU邪血の結石ですぜ姉御!」


「そうだ、邪血じゃけつの結石とやらをたらふく集めないといけないんだった。前はチマチマ集めてりゃよかったものを祓魔師の連中が邪魔してきただけじゃなく、ただの人間にも逃げられる!アタシの為に成す気があるのか!?」


 はっきり言って、割と理不尽な要求であった。


 小鬼は難しいことは全く分からないし、簡単な命令も本能でサボってしまったり間違った解釈をしてまともに成せないこともある。


 それでもギリギリ絶滅していないのは繁殖能力が強く、その気になれば何百何千と増えることが出来るからだ。


 そのため、阿修羅のような一部の上位怪異は適当な雑兵を作るためにとっつ構えて飼っているのだ。


 なお、成果が出なかった場合は即座に殺されることが多いため所詮消耗品である。


「ちょっと無理して毎日外出させてやってるのによぉ?なーんにも成果を得られてないなら間引いても問題ないよなぁ?」


 豊満な乳を守るように六本の腕で腕組みをしながら鋭い目つきで小鬼をにらみつける。


「次が最後のチャンスとやらだ。お前らがいつもとり逃がしている男を仕留めてこい!じゃなかったら悪魔のボケ共にアタシが頭を下げなくちゃならんくなるぞ?」


 小鬼達は恐怖した。


 自らの主人である阿修羅が頭を下げる、というのは非常にストレスがかかる行為であるため、後で死ぬほど八つ当たりされる。


 そんな事があれば間違いなく一族が絶滅する。それだけはさせたくない小鬼は必死にひれ伏しながらGAGAGAと慈悲を乞う。


「ふん、奴らが上手くやればアタシの願いも叶うんだ」


 腕組みと威圧を解き、阿修羅は何故、面倒な儀式に手を貸すのか口にする。


「毎日、腹一杯飯が食える事がな!」


 阿修羅は力が強すぎる故に常にマークされており、棲家の山から降りたら即座に上級祓魔師が飛んでくるためロクに街へと降りる事はできない。


 よって、明らかに騙されてるであろう条件に釣られて綿密に組まれた儀式を成そうとするのだ。


 頑張れ新田益男、悪鬼にターゲットされたぞ!

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