タルトタタン

第4話 タルトタタンもどきにアイスと謎を添えて・上

魔術都市トルト・マーニは、一年を通して比較的温暖な気候だ。

夏はたいして暑くはないし、冬場も水道管が凍結する心配はほとんどない。

そんなふうなので、今日のように雪がちらつく日は珍しかった。窓の向こうで湿っぽい雪がぱたぱたと落ちてきているのを、バルトは本日のまかないであるクリームシチューをかけたショートパスタを食べながら眺めていた。

具材は定番の鶏、にんじん、たまねぎ、じゃがいも、それからマッシュルームに、葉物は白菜とほうれん草。ほうれん草は霜に当たって甘みが増し、いつも以上に美味しかった。

これをペンネにかけて熱々で食べると、腹の中から温まる。今日のパスタソースはドライトマトと豚ミンチをじっくり煮込んだラグーを用意したのだが、こちらは予想以上に昼の営業で出てしまったので、自分で食べるのは控えておいた。

同じくかなり売れてしまったため、追加で作らなければいけない料理がある。最近メニューに追加した「肉じゃが風」だ。材料が揃えやすく調理時間も比較的短い肉じゃがはサイドメニューとして勝手がよく、すっかり定番化していた。

おかげでバルトは悩んでいた。物珍しさのおかげか、肉じゃがが予想以上に好評なのだ。勿論それ自体は喜ばしい。しかしこのレシピはカミラの手助けあってこそ生まれたものである。以前話した報酬程度では、売り上げに釣り合わない。


「……なんか美味いもんご馳走してやるか」


しかしやはり、一食おごった程度ではまだ足りない気がする。本来であれば売り上げの数パーセントを渡すような契約をしなければいけないのだろうが、バルトもカミラもそのあたりには無頓着だ。とはいえ話くらいはしたほうが良いだろう。

そう思っている時に限って、待ち人は来ないものである。

いつもは毎日のようにやってくるカミラは、一昨日あたりから姿を見せない。おそらく年の瀬の休暇を間近に控え、魔術学校でも忙しい用事がいろいろとあるのだろう。

顔を合わせる機会は多いものの、ただの店主と常連であるバルトとカミラは、お互いの住所など知っているわけでもない。なのでこうしてカミラが店に来ないことには、話もできない。かといって彼女がいる学園まで行くのも大袈裟な気がした。

そんなわけで、ここ数日少々落ち着かない気分で過ごしている店主の気持ちをよそに、クローズの札をかけた魔法食堂マリエットの扉はそれはもう勢いよく開かれた。


「おはよう!!」

「昼過ぎだよ」


つい反射で返事をしてしまったが、よく見なくともそこにいるのはカミラである。ふわふわの赤毛に今日は雪の粒をいくつか付けて、脳天気な笑顔を浮かべた彼女は、数日前の再現のようにカウンターへ突撃してきた。


「約束は覚えてるよね!」

「またなんか作るんだな? ちなみに昼飯食ったか」

「まだー!」


空腹でも元気いっぱいなカミラのために、バルトはペンネ入りクリームシチューを出してやる。まかないなので金は取らない。

もったりとコクのある熱々シチューをはふはふ食べながら、カミラは一枚のレシピを渡した。


「これこれ、この、タルトタタンっていうケーキが食べたいんだあ」


紙面に載っているのは、こんがりと茶色く火の通ったリンゴを、それはそれはたっぷりと乗せたケーキだ。表面はつやつやと輝き、たしかにいかにも美味そうで食欲をそそられる。

前回と比べればレシピに不明点も少なく、どうやら彼女は次はもっと分かりやすいのにしろ、という自分の言葉を尊重してくれたようだと感心した。

ふむふむと一通りレシピを見てから、バルトは自分を見守るカミラへ頷いてやる。


「今回は材料についてはほぼ心配要らないだろうな」

「やったー!」

「ただし問題もある。菓子を作るなら今度こそ、計量の基準を明確にしねえと駄目だ。このタルトタタンについてはまあ、多少ズレがあってもそれなりの味にはなりそうだが、例えばスポンジケーキなんかはかなり分量をきっちりしなきゃいけねえ。菓子ってのは繊細なんだ」

「なるほどなあ」

「たしかスポンジケーキもこの町発祥だろ? あれも本の魔女様に関わるもんなんじゃねえのか?」

「そうだよ。スポンジケーキとクレームシャンティイは、学園の研究班が再現したレシピがこの国では元祖だからね」


異世界の本を召喚できる本の魔女様の恩恵により、この魔術都市には他にはないような特殊な技術が多くある。そして他では見ないような料理もまた多い。

スポンジケーキや生クリームをホイップしたクレームシャンティイは有名で、このクリームがあまりに好評だったものだから、いまではこのあたりで単にクリームと言えばこれを指すほどだ。


「なら話が早い。そのレシピを再現する過程で、当然量の翻訳も試みられたはずだ。それが載ってた本がこの本と同じ文化圏かはわからねえが、ノウハウはあるはずだ。もし運が良けりゃ、そのままこのレシピの翻訳に流用できるかもしれねえ」

「うーん、そうだねえ。それに初心者用レシピを探せば、もしかして計り方についてもっと詳しい記載があるかもしれないなあ」

「そうだな。あとはこの、生地を作るための薄力粉ってのがどういう粉なのかわかればもっといい。おそらくケーキ用の小麦粉で良いとは思うんだが、パン用の可能性もあるから、確認できそうならしておきたい」

「はえー、小麦粉ってそんなに種類があるんだあ」

「国によっちゃ全部一緒くたの場合もあるけどな。例えば、あー、ベーグルがあるだろ」

「美味しい!」

「そうだな。あれを仮にケーキ用の小麦粉で作ると、おまえがいつも食ってるやつより弾力が無い食感になる」

「なるほどなあ。作れるには作れるけれど、食感とかが変わってきちゃうんだ?」

「そういうことだな。このレシピに関しては、正直作るぶんにはそれほど苦労しないと思う。むしろお前の調べ物のほうがだいぶ苦労するかと思うぞ」

「美味しいものを食べるためなら……!」


ぐっと拳を握って気合いを入れるカミラを、バルトは呆れ半分感新半分に見下ろす。やりたいことにこれだけ元気に取り組めるのは良いことだ。バルトとてそれなりに苦労して商売と料理を学びはしたが、高級料理店で評判になるような独自の料理を拵える一流と比べれば、自分は全く努力の足りないほうだろうという自覚はある。まあ自分で美味いと思えるものしか出さないというこだわりはあるから、店はそこそこに繁盛してはいるのだが。

あらかた方針も決まったところで、カミラは前回と同じく銀貨の入った小袋を取り出した。

カウンターに置かれたそれを、バルトは指先で相手のほうへ軽く押しやる。


「いや、今回は依頼料はいらん」

「ええっ、駄目だよお。技術には真っ当な対価を払わないといけないだろ?」


礼儀正しくそう言ってくれるカミラの言葉は嬉しいが、頷くわけにはいかない。バルトは首を横に振り、カミラを睨み付けた。正確には目つきが悪すぎて正面から見据えると睨んでいるように見えるだけなのだが。


「ありがてえが、例の肉じゃがもどきが予想以上に好評でな。むしろ俺がお前にいくらかは払わなきゃいけないくらいなんだよ」


そう切り出したバルトに、カミラはフワフワした笑顔を浮かべ、手をひらひらふった。


「なあんだあ、そういうことかあ。いいよいいよ。私はこうして食べたいもの食べれるだけで良いし、けっこうまかないタダで貰うこと多いし。

それにお金には困ってないからね。売り上げの何パーセントとかきっちり契約して報奨金貰うのも、けっこうめんどくさいし」

「……。あー、……そうか」


あっさりと断られ、バルトは曖昧に頷いた。

そう、カミラはこんなにもふわふわで気さくでちょっと抜けているところもあるが、この国最高峰の魔術学園に研究者として所属する、若いとはいえかなり立派な魔術師なのである。

そしてこの魔術都市の発展を見ればわかるように、高度な魔術とは豊かさに直結し、それはもう儲かるのである。詳しい収入については流石に聞けないが、この年でバルトをあっさり上回るほどの稼ぎがある可能性は十分すぎるほどあった。

まあ本人がそう言ってくれるのなら、遠慮する必要もあるまい。バルトは肉じゃがの売り上げをしっかり懐にしまわせてもらうことにした。

きっとこのタルトタタンも同じく売り上げに貢献して貰うことになるんだろう、とも思うものの、そちらもやっぱりありがたくしまい込むことになりそうな予感はする。

そのうちこの温和な猫のようなカミラに対して頭が上がらなくなるのじゃないかと、バルトは内心不安になるのだった。

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