第3話 初めて食べる肉じゃが風・下

カミラの選んだきれいな黄緑色の深皿に出来上がった料理をよそい、カミラはカウンターに、バルトはカウンターテーブルを挟んだキッチン内の椅子に腰掛けた。

二人の前には完成した肉じゃがが、レシピと並んで置かれている。

写真のものより色はやや薄いが、じゃがいもの黄色と、肉と良く火の通ったタマネギの茶色、にんじんのオレンジ色、それに添えられた枝豆の緑はバランスが良く美味しそうだ。

魚醬の独特の香りは加熱したことで弱まっていて、馴染みのない、けれどどこか食欲をそそる甘辛い香りが漂っている。


「じゃ、食うか」

「やったー!」


やっとお許しを得たカミラは、躊躇無くじゃがいもを口いっぱいに頬張った。

とたんに、口の中にふわりと魚の風味がする。しかし不快な匂いではない。むしろどこかコクがあって、ちょうど良い塩気と甘みと一緒に、強いうまみが舌の上へ広がった。表面はねっとり、中心はほくほくしたじゃがいもに味がしみて、これだけでもいくらでも食べられそうだ。煮汁の染みた春雨はつるりと歯切れが良く、味の濃さが芋とよく合う。

薄切りの牛肉は柔らかく、噛めばじゅわっと甘辛いつゆがしみ出してくる。時折歯にあたる枝豆のぽりぽりとした独特の食感も、アクセントになってなんだか楽しい。

タマネギもにんじんも、いつも食べているものよりなんだか甘みが強い気がした。砂糖のせいだけではないようにカミラには思えたが、専門的なことはわからない。けれどひとつわかったことがある。


「おいしい!」


そう、それだけは確かだ。

全く正解の見えない馴染みのない料理ではあるけれど、ほくほくして、じゅわっとして、甘くてしょっぱくて味のぎゅうっと染みたこの料理は、とても美味しいのである。

ほけほけと平和な笑みを浮かべて肉じゃがを頬張るカミラの正面で、バルトも表面が薄茶色くなったじゃがいもを口にした。

悪くない。むしろ良い。どこかほっとするような味だ。


「あー、あれだ。なんかばあちゃんが作るポトフみてえな……」

「うーん、ちょっとわかるかも。安心する味だよねー! 夜食にもいいなあ」

「ああ。……いや、よく考えたら肉と芋と砂糖だぞ。夜食ったらまあまあ太るんじゃないか」

「で、でも油はあんまり使ってなかったし……!」


食い下がるカミラに、バルトは雑に頷いてやった。少なくとも揚げ物や甘いものよりは夜食向きだろう。春雨の分量を増やせばかさ増しもできそうだ。いや、それはそれでなんだか別の料理になりそうな気もしたが、少なくとも美味くはあるだろう。

それに寒い時期の夜には、こういう温かい煮込み料理が身に染みるものだ。そこに異論はまったくない。

ゆっくりと食べるバルトと対照的に、カミラの皿の中身は喋りながらだというのにもうからになりかけていた。それをしょんぼりと見つめながら、食い意地の張った彼女はコンロのほうへ視線を向ける。


「店主さん、残りのやつも味付けしようよ」

「そうするか」


もとよりそうするつもりだった。あれだけ報酬を貰っておいて一皿しか食べさせないほど、バルトもケチではない。

意外にも一回で味付けが上手くいってしまったため、残しておいた食材にも同じ分量の調味料を入れてしまう。肉じゃががくつくつと弱火で煮込まれる音をBGMに、二人は皿の中身をぺろりと平らげた。先にスープパスタを食べていたのですっかり満腹ではあるが、いやな苦しさはない。

お腹の中からほかほかと暖まって、カミラはすっかり寛いでいた。日なたで丸まる猫のような彼女を眺めながら、バルトはふと思いつきを口にしてみる。


「なあ、これ店で出して良いか」


バルトは店で出す料理のラインナップにこだわりが無い。元々は隊商育ちで前職は行商人である彼は、前店主に倣った料理と各地で食べて美味いと思った料理を提供している。

気取った店でもないから、何々料理、なんて看板を掲げてもいない。客のほうも大抵はそれをわかって店に来るので、馴染みのないだろうこの「肉じゃが」もどきも、多分受け入れられるだろう。そう思っての発言だった。

話しかけられてやっと、人前で毛繕いをする猫くらいに表情を引き締めたカミラは、うーんと腕を組んだ。


「えーと、多分大丈夫かな。本の魔女様が召喚した本から得る知識については、兵器とかもっと大量生産できる技術とかはいろんな書類が必要なんだけれど、料理のレシピくらいなら結構簡単に利用申請が通ったはず。私がかわりにやっておくよお」

「いいのか? 悪いな」

「ぜーんぜん! むしろ召喚図書の写しの持ち出しのほうが面倒くさいくらいだから、なんてことない。でもその代わり、また再現料理を作ってほしいな!」

「いいぞ。結構面白かったしな。今度は報酬まけてやる」

「やったー!」


ぱあっと両手を挙げて喜ぶカミラの姿に、バルトは大仰にこっくり頷いてみせた。肉じゃがが美味かったのもあるが、こうして誰かと他愛もないことを話しながら試行錯誤して料理を作ってみるのも、悪くはなかった。楽しいと言っても良い。しかし目の前のこの大きな猫じみた魔術師は、そう言われれば調子に乗るタイプだ。バルトはまあまあに人情家ではあるものの、それを出し惜しむ程度には擦れている。


「次はもっと分かりやすいのにしろよ」

「いやあ、何が食べたくなるかは、理性で制御できるものではないから……」

「そりゃあそうだ」


もっともな意見なのでバルトは頷いた。彼は今年で三十になるが、夜にチーズたっぷりのピザを腹一杯に食べ、翌朝後悔することがままある。

そんな苦い経験を繰り返しても、人間というのは食欲にうっかり負けてしまう生き物なのだ。それにいつかはチーズたっぷりのピザ自体が食べられなくなる日だってくるのだろうから、食えるときに食っておくのは悪いことではあるまい。バルトは後悔した翌日には胃もたれの苦しみを忘れてそう思っている。

食事というのは食べたいときに、食べたいものを食べることが一番楽しいのだ。健康はそれと折り合いを付けてなんとか死守すべきものではあるものの、バルトの中では一番の優先事項ではない。

というわけで、カミラにはカミラの食べたいものがあり、それを頼むのは彼女の自由だ。それに、作るのはバルトではあるものの、調べ物については彼女が担当する比重のほうがよほど大きい。つまり謎の多い料理を選んだ場合苦しむのは自分ではなくカミラだ。

バルトがそんなことを考えているとはつゆ知らず、カミラはお土産として持たせて貰った肉じゃがの容器を抱えてご機嫌だ。煮込み料理用の壺の蓋を蝋で軽く固定し、厚い袋に入れられた肉じゃがは、転びでもしない限り無事学園の彼女の部屋まで到着できることだろう。


「腹減ったら温めて食えよ。そのまま火にかけられるから、まず口の蝋のとこを剥がして、コンロで煮ろ」

「わかったあ。へへへ、夜に食べよう~。ありがとね、店主さん!」


挨拶をして足取り軽く帰って行くカミラを、バルトは雑に手を振って送り出してやる

肉じゃがもどきの香りと一枚のレシピが残された厨房へ戻り、バルトはぐうっと背伸びをした。いまから野菜の皮むきに魚の下ごしらえをして、肉はすぐに煮始めないと柔らかくならないし、焼き菓子も冷ましておく時間が必要だ。夜の営業の準備時間はすっかり押してしまったが、まあ急げば十分間に合うだろう。

楽隠居志望のゆったり穏やかな食堂経営も、たまにならこうして珍しいイベントがあってもいい。

バルトは使い慣れたペティナイフ片手に、口の端だけで小さく笑った。

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