第五章 ~白銀の回想~金継ぎのいろは・以

白銀しろがねさん。

 あなたにも、ここの本業のお仕事を覚えてもらうことにしました」


 軽い足取りの慧真けいまさんに手を取られ、

 調律室へ向かって、半ば強引に連れていかれる。


「調律室」と書かれた扉の前で、足が止まった。


「……春杜はるとさんは、いらっしゃらないのですか?」


 わたくしは握られた手を、少しだけ突っ張って抵抗した。


「もしかして――

 あなたを誘拐しようとしている私から、

 春杜はるとさんが助け出してくれるのを、期待しています?」


 ――当たっておりますわ。

 正直、とても怖いですの。


 思わず一歩、後ずさる。


 けれど慧真けいまさんは、

 まったく気にした様子もなく言った。


春杜はるとさんなら、地下の工房で、

 なにやら美術学校へ提出する作品を制作しているようですよ」


 そして、にこりと悪い笑顔。


「助けは来ません。

 観念なさってください」


 ……すべてを悟りました。


「それで――

 わたくしは、何をすればよろしいんですの?」


「先日、この国の人々が抱える心の課題と、

 直面する問題についてお話しましたよね?」


「ええ。

 普段は平和に保たれている心でも、

 負荷が高くなると、よくない変化が起こりやすい……

 というお話ですわよね?」


 慧真けいまさんは、満面の笑顔でポケットから飴玉を取り出し、

 わたくしに差し出した。


「……子供扱いですわ。

 わたくし、そんなに幼くはないと思いますの。

 たぶん……十四歳くらい、でしょうか?

 この扱いは、少々ひどいですわ」


 すると慧真けいまさんは、さらに飴玉を取り出し、

 今度はわたくしの口に放り込んだ。


 甘い。


 ……仕方ありません。

 今回は、許して差し上げますわ。


「さあ、お勉強の時間ですよ。

 今日は“金継きんつ調律ちょうりつ”について学びます」


 そう言って、慧真けいまさんは何もない空間を示した。


「特別講師として、結芽ゆめさんに来ていただいています。どうぞ」


「……結芽ゆめさん?

 どなたですの?

 こちらには、誰もいらっしゃらないようですけれど」


 慧真けいまさんは、こほん、と咳払いをして言い直した。


結芽ゆめさん。

 お願いいたします。お越しいただけますか?」


 その瞬間――

 音もなく、白金の髪が煌めいた。


 あどけない人形……

 魂核こんかくドールが、そこに立っていた。


 わたくしの三分の一ほどの大きさで、

 見る角度によって印象の変わる、神秘的な瞳が、

 わたくしをまっすぐ見つめている。


「初めまして。

 魂核こんかくドールの結芽ゆめです」


 澄んだ声だった。


「私は、“調和する者”。

 そう作られています」


 結芽ゆめさんは、

 桃色のふわふわしたワンピースの裾を少し持ち上げ、

 とても丁寧にお辞儀をした。


 わたくしは、思わず小首を傾げる。


「……魂核こんかくドール、とは。

 一体、何者ですの?」


 すかさず、慧真けいまさんが割って入る。


魂核こんかくドールは、

 私――榊原さかきばら 慧真けいまの家系が管理しています。

 この世界に、神様が人間の健やかな成長のために授けてくれた存在です」


 少しだけ声を低くして、続けた。


「この世に、六体しか存在しない。

 特別な存在ですよ」


 わたくしは、まだ納得できずに問いを重ねる。


「では――

“調和する者”とは、具体的に何をなさるんですの?」


 慧真けいまさんは、結芽ゆめさんをちらりと見て、

 声を潜めた。


「こんなに可愛らしい見た目ですが、

 感情を壊さず、巡回させる者です」


 そして、余計な一言。


「人々を停滞から叩き起こし、自立させる――

 とても、怖い存在でして――」


 ――ぎろり。


 結芽ゆめさんの鋭い視線が飛んだ。


「……失礼いたしました。

 今日はこのぐらいにしておきましょう。

 私の旗色があまりよろしくないので、

 捕らえた姫を解放して差し上げましょう」


 慧真けいまさんに、反省の色は見えなかった。

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2026年1月11日 19:05
2026年1月12日 19:05
2026年1月13日 19:05

感情を管理された世界で、僕らは「傷」を美しく継ぎ合わせる。~金継ぎ調律師と、痛みを忘れた人々の物語~ 九条 湊 @nishinfox

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