第三章 自分の居場所 ――白銀目線――
奥から戻ってきた
「当店自慢の紅茶と、私が作った菓子——
春の吐息を閉じ込めた私の思い出、と、青春の灯火を君と、あとそれから——」
「そこまで!」
「創作菓子に妙な名前をつけるのはいいですけど、今はこの子が戸惑う。
この子は今、何も分からなくて不安なんです。もう少し配慮を」
わたくしは、もう堪えきれなくなっていた。
「
どれもきらきらしていて、宝石みたいですの。
……わたくしが頂いても、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。
君に食べてもらえるなんて、光栄ですよ」
わたくしは、思わずお菓子に手を伸ばした。
「……とても美味しいですわ。
それから……」
少しだけ胸を張って、続ける。
「わたくし、もう“君”ではありませんの。
「
それはよかったですね。とてもいい名前です。
よろしければ
「いいよ。俺が食べるより、
「
あなた、もう決めた顔をしてる。
でも確認までに、この子をどうするおつもりで?」
「こんな、いたいけな少女を一人ぼっちにできるはずがありません。
もちろん、家で保護させていただきます」
わたくしは手を止め、しばし言葉を失った。
「……こんな、素性も分からないわたくしを。
それでも……ここに置いてくださるのですか?」
「
俺もここに住んでるから。分からないことがあったら、頼って」
思わず立ち上がる。
「
至らぬところばかりだと思いますけれど、
どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」
「では、二階の部屋へ案内しますね」
「今は客間ですが、少しずつ
部屋には、静かな時間が流れていた。
テーブルと椅子、柔らかなベッド、そして控えめに置かれた骨董品。
小綺麗に整えられていた。
それよりも、窓の外に、金木犀の花が咲いた木が目に入った。
部屋に入り、窓の外に咲く金木犀に目を留める。
「……まあ。
とても、素敵なお部屋ですわ」
窓を開けると、香りがふわりと広がった。
「気に入りましたか?
この部屋は、庭がよく見える日当たりのいい部屋なんですよ」
庭を見渡すと、よく手入れされた可愛い花々が咲き誇っていた。
特にバラの赤い大輪の花々は見事だった。
言葉より先に、胸がいっぱいになって、深く頭を下げていた。
「このお部屋……
わたくし、とても気に入りましたの。
こんなにたくさんの素敵なものを与えてくださって……
二人がわたくしを歓迎してくれる、その姿勢が、嬉しくて仕方なかった。
「また夕食の時に呼びにきます。
それまで、ゆっくりなさってくださいね」
二人が立ち去ったあと。
わたくしは金木犀の香りに包まれながら、
これからのことに思いを馳せ、
可愛い庭を、いつまでも眺めていた。
コンコン。
「
お夕飯の準備が整いましたよ。
今日はささやかな歓迎パーティーです。少し奮発しました。
料理は逃げませんから、どうぞ焦らずいらしてくださいね」
そう言って、
“パーティー”という言葉を聞いた途端、
わたくしは落ち着いていられなくなった。
気づけば
置いていかれまいと袖をつかんだまま、食堂へ辿り着いていた。
「
よかったら座って。今、温かい料理を持ってくるよ」
「はい……ありがとうございます。
とても楽しみですわ。
「
実は彼のほうが、料理は得意なんです」
そう言いながら、わたくしのグラスにジュースを注ぐ。
「
君はいま、何も分からず不安かもしれません。
ですが……安心してください。
今は深く語れませんが、君は悪い存在ではありません。
時が来れば、自然と分かることもあるでしょう」
思わず肩が跳ね、
グラスの中身が少し零れた。
「……
わたくしのことを、何かご存じなのですか?
もし差し支えなければ、教えていただきたいのですけれど……」
そこへ、料理を運んできた
「
この人は秘密主義で、しかも胡散臭い。
無理に聞き出そうとするだけ、損だよ」
わたくしは、少しだけ肩を落とした。
——けれど。
ガス灯の明かりに照らされた料理は、
あまりにも美しく、あたたかくて。
胸の奥にあった疑問や不安は、
一時、すべて溶けてしまった。
……今は、これでいい。
歓迎の宴はささやかだったけれど、
確かにわたくしを、
あたたかく迎え入れてくれていた。
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