第6話 放課後バーサーカー

カラオケボックスから出ると、街はすでに薄暗い夕闇に包まれていた。


空気に混じるのは、夜の帳とともに強まる女性たちのフェロモンと、直人のクラスメイトたちが放つ、満足感と独占欲が入り混じった熱気だ。


「直人様、本日は本当にありがとうございました。……これほどまでに魂が震える放課後は、私の人生において初めてのことです」


西園寺かぐやが、頬を上気させながら直人の隣にぴったりと寄り添う。

その反対側では、麗香が「あたしも……まあ、楽しかったし。次は絶対二人だからね」と、金髪をいじりながら不機嫌そうに、しかし熱烈な視線を直人に送っていた。

直人が「みんなが楽しんでくれて良かったよ」と無邪気に微笑んだ、その時だった。


「――ッ!? ちょっと待て、あんたたち! 見てよ、アレ!!」


前方の路地裏から現れた、他校の制服を着崩した柄の悪そうな10人程の女子高生が、直人を見つけて足を止めた。

彼女たちは直人のクラスメイトのような「選ばれしエリート」ではない。この世界の多数派を占める、本能に忠実で、男に飢え、欲しいものは実力で奪い取る「野良の肉食獣」たちだ。


「嘘でしょ……本物の男の子!? しかも、何あの可愛さ……超タイプなんだけど!!」


10人のうち、派手に髪を染めたリーダー格の女子が、獲物を見つけた猛獣の瞳で直人を射抜いた。彼女たちは直人を囲んでいるA組の女子たちの殺気に気づいていないのか、あるいは自分たちの方が強いと思っているのか、ズカズカと距離を詰めてくる。


「ねえ君、どこの学校? んなお堅そうな女たちと一緒にいてもつまんないでしょ。あたしたちともっと『いいこと』しようよ。……ね?」


十人の女たちが、じりじりと包囲網を狭めてくる。もちろん、ちょっとヤンキーが入っていても、この世の女性は皆美人。


(俺の初めてが、10人と楽しく『いいこと』するってのもすごくいいと思うし、やぶさかでは無いんだけど、このクラスの女の子と比べると、ちょっとランクが落ちるんだよな)


直人は瞬時に守ってあげたくなる美少年を演じる事にした。


「あの人たち、なんだか目が恐いよ……」


「――直人様。ご安心ください。あのような不浄な者たち、指一本触れさせはいたしません」


かぐやの声は、直人が聞いたこともないほど冷たく、鋭いものに変わっていた。



この世界において、女性が男性より圧倒的に身体能力が高いのには理由がある。

それは、「数少ない男性を他のメスから守り抜き、捕まえた獲物オスを決して逃さない」ための生存競争が生んだ、極限の進化だ。政治や戦争を女性が担うのも、すべてはこの「守護」の本能に基づいている。


「……許可なく直人様に近づく不敬。万死に値しますわ」


かぐやが静かに一歩前へ出る。その美しい切れ長のツリ目には、絶対的な捕食者の輝きが宿っていた。


「ハッ、何が万死に値するだよ! 腕っぷしはこちらが上なのよ、やっちまいな――」


リーダー格の女子が叫んだ瞬間、事態は音速で決着した。


「……ふふ、おいたが過ぎますよ?」


まず動いたのは、銀髪ショートの歌川しずかだった。彼女は天使のようなタレ目に柔和な笑みを浮かべたまま、まるで見えない糸を操るかのような優雅な動きで敵の懐に潜り込む。


「あぐっ……!?」


「はい、おやすみなさい」


しずかは微笑みを崩さぬまま、相手の喉元とみぞおちを正確に打突。声を出す暇さえ与えず、一人、また一人と地面に沈めていく。その所作はあまりに美しく、そして残酷なまでに効率的だった。


「オラァッ!! どけよメス豚ども!!」


麗香が吠える。彼女は金髪をなびかせ、野生の豹のような瞬発力で飛び出した。

襲いかかる三人組をまとめて回し蹴りで一掃し、壁に叩きつける。


「あたしの直人に触ろうなんて、100万年早ぇんだよ!!」



残ったリーダー格が数人、狂乱状態でかぐやに襲いかかる。しかし、かぐやは動かない。


「……見苦しい」


最短の動き。最小の力。

古武術の極致に達した彼女の掌底が、リーダー格の顔面スレスレで止まる。その衝撃波だけで、相手は鼻血を噴き出しながら後方に吹っ飛んだ。


「きゃあああ!? ば、化け物……っ!!」


「勘違いしないで。……私たちは『化け物』ではなく、直人様の『守護騎士バーサーカー』なのです」


かぐやは冷徹に言い放つと、倒れ伏す十人の女たちを一瞥し、背後の直人へ向き直った。その瞬間、彼女の瞳には先ほどまでの殺意は消え、とろけるような慈愛の色が戻る


「……お待たせいたしました、直人様。もう大丈夫です。害虫はすべて駆除いたしました」


かぐやはそう言うと、直人を安心させるようにその豊かなバストの中へと抱き寄せた。


(……ひぇ、みんな、あんなに強いんだ……)


直人はかぐやの胸に顔を埋められ、その柔らかさと甘い匂いに包まれながら、かぐやの体温を感じていた。


「この野蛮な街は、直人様のような尊いお方には刺激が強すぎたのです。……麗香さん、車を」


「わかってるって。……直人、今日はあたしたちが責任持って、アンタを『安全な場所』まで運んであげるから」


麗香がスマホで呼び出すと、どこに待機していたのか、漆黒の巨大なリムジンが音もなく滑り込んできた。

クラスメイトたちは、倒れた敵には見向きもしない。彼女たちにとって重要なのは「直人の安全」と「直人の独占」のみ。


直人は、かぐやと麗香に両脇を固められ、半分抱えられるようにしてリムジンの豪華なシートへと押し込まれた。


(……ははっ、マジかよ。守られるっていうより、完全に『捕獲』されてる気分だな。……まあ、こんな美少女軍団に奪い合われるなら、それも悪くないけど!)


密室となったリムジンの車内。

かぐやのネイビーブルーの髪と、麗香の金髪が直人の鼻先で交差する。


外の喧騒が消えた静寂の中で、彼女たちの荒い吐息と、隠しきれない情欲の匂いが立ち込め始めた。

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