第5話 カラオケパニック
六限のチャイムが鳴る直前、直人が教室に戻ると、そこは異様な静寂に包まれていた。
直人の姿が扉の向こうに見えた瞬間、39名の精鋭たちが一斉に「生存確認」を行う。
「直人様……! お身体は、その、氷室先生に何か不埒なことをされてはいませんか!?」
委員長の西園寺かぐやが、椅子を蹴らんばかりの勢いで駆け寄ってきた。その涼しげなツリ目は不安に揺れ、群青色の黒髪が激しく波打っている。
「よお直人、遅かったじゃん。あのメガネ女にエロいことされて、腰抜かしてたんじゃねーの?」
金髪のギャル、麗香もぶっきらぼうに歩み寄るが、その頬は朱に染まり、直人の無事を確認して安堵の吐息を漏らしている。
「あはは、大丈夫だよ。先生、すごく熱心に診てくれてさ。……ちょっと立ちくらみして抱きついちゃったけど、優しく支えてくれたよ」
「「だ、抱きついたぁぁぁぁ!?」」
教室内の温度が、一気に五度上がった。
(((((氷室先生、やっぱり職権乱用じゃない!! 私たちなんて、半径一メートル以内に入るのも我慢しているのに!!)))))
心の中で血の涙を流す女子生徒たち。だが、直人はそんな阿鼻叫喚を爽やかな笑顔でスルーし、本日最大の提案を口にした。
「あ、そうだ。せっかく初日だし、みんなともっと親睦を深めたいなと思って。……これからみんなで、カラオケにでも行かない?」
一瞬、教室が真空状態になった。
この世界の希少な男子から「遊びの誘い」を受けるなど、宝くじの一等に当選した後に隕石が直撃するレベルの奇跡だ。
「……え、あの、直人様。それは、我々全員……ということでしょうか?」
西園寺が、震える手で自分の胸元を押さえながら確認する。
「うん。もちろん、都合が悪くなければだけど。……ダメかな?」
直人が小首をかしげて見せると、クラス全員の理性が「パキィィィン!」と音を立てて砕け散った。
「「「「「行かせていただきますッ!!!!!」」」」」
地鳴りのような返声。
次の瞬間、彼女たちは一斉に動き出した。
ある者はバレないように隠しカメラの予備バッテリーを確認し、ある者は集音マイクの指向性を確認する。
「神との初カラオケ」という歴史的瞬間を記録し、その歌声を聖遺物として保存するため、彼女たちの目は狩人のそれに変わっていた。
……
カラオケボックスに移動した一行だったが、さすがに40人が一部屋には入りきらない。
急遽、20人の大部屋と、10人ずつの小部屋二つに分かれることになった。直人は20人の大部屋に決定。じゃんけんに負けたメンツが血の涙を流しながら、各々の部屋にすごすごと収監されていった。
直人は、西園寺や麗香のいる20人の部屋でカラオケを楽しもうと思ったのだか、そこは「娯楽」とは程遠い空間だった。
「……っ、ふぅ……。直人様の前で、歌うなど……そんな……」
エリート中のエリートたちが、マイクを握る手すら震わせ、あまりの緊張に音を外しまくっている。あるいは、少しでも良いところを見せようと、プロ歌手顔負けの必死な表情で絶唱する者もいた。
「あはは……、みんなもっと気楽にやろうよ。……あ、喉乾いたから、飲み物取ってくるついでに、他の部屋の子たちもちょっと様子を見てくるね」
直人が席を立つと、大部屋の女子たちが「行かないで!」と言わんばかりの絶望に染まったが、他方、別の部屋から恨みがましくこちらを窺っていた女子たちは狂喜乱舞した。
直人は飲み物のお代わりもそこそこに、10人部屋の一つに足を踏み入れた。
そこには、大部屋の喧騒とは違う、どこか「狙い済ました」空気が漂っていた。
「あ、直人くんだ! 来てくれたんだ!」
真っ先に声をかけてきたのは、透き通るような白肌に、淡い灰がかったアッシュシルバーのショートヘアが眩しい歌川(うたがわ)しずかがいた。
彼女は合唱部出身で、守ってあげたくなるような潤んだタレ目に、長く繊細な白い睫毛が影を落としている。
胸の膨らみは控えめで華奢だが、その分、スラリとした首筋から鎖骨にかけてのラインが驚くほど美しい。
「しずかさん、さっき廊下まで歌声聞こえてたよ。すごく綺麗だね」
「えっ……!? あ、ありがとう……。そんな、直人くんに褒められるなんて……」
しずかは細い肩を震わせ、マイクを両手でぎゅっと握りしめていた。直人は彼女の隣、肩が触れ合う距離にすとんと腰を下ろした。
「しずかさんの歌、もっと近くで聴きたくてさ。……あれ、しずかさん、顔が真っ赤だよ? 部屋、暑いかな?」
直人は無垢なふりをして顔を覗き込み、彼女の額にそっと手を当てた。
「ひゃうんっ……!? あ、あの、大丈夫……です。ただ、その、直人くんの匂いが……」
しずかの鼻腔を、直人の若々しい男の匂いが支配する。彼女が姿勢を正そうとソファーの上で身じろぎした瞬間、直人は見逃さなかった。彼女が座っていた薄いグレーの布地に、くっきりと濃い色の「円状のシミ」ができているのを。
(……うわ、隣に座って、おでこ触ったただけでソファーまで濡らすとか。相当我慢してんだな)
直人は内心でニヤリとしながらも、さらに彼女を追い詰める。
「ねえ、もう一曲、俺のために歌って? 俺、しずかさんの綺麗な声に、さっきからドキドキしっぱなしなんだ」
「……っ!! はい……っ!!」
しずかは真っ赤になりながら立ち上がるが、その脚は生まれたての小鹿のようにガクガクと震えていた。彼女が歌うたびに、甘いお菓子のような、切ないメスの匂いがさらに濃密に部屋を満たしていく。
……
次に向かった部屋には、健康的な小麦色の肌に、深い藍色のポニーテールが跳ねる水泳部のエース、海野(うみの)がいた。
彼女は意志の強そうな切れ長なツリ目をしているが、今はその瞳も熱に浮かされたようにトロンとしている。快活な性格ゆえに制服のボタンを二つほど外しており、日焼けした肌と、ブラウスの奥に隠された真っ白な肌の「境界線」が眩しく露出していた。スポーツで鍛えられた身体は、キュッと引き締まったウエストと、弾力に満ちた豊かなバストを誇示している。
「よお直人! こっちの部屋も、盛り上げてくれ……」
海野の声が上擦る。直人は彼女の隣に座ると、その眩しい鎖骨から胸元へと続く「白いライン」をじっと見つめた。
「海野さん、練習頑張ってるんだね。……ここ、日焼けの跡がすごく綺麗だ。ちょっと触ってもいい?」
「えっ!? あ、ああ……。お前が触りたいならこんなもん、別に……」
直人は指先で、彼女の熱を持った褐色の肌から、ブラウスの隙間に隠れた柔らかそうな白い肌へとさらりとなぞった。
「わあ、熱いね。……でも、こっちの白いところは、すごく柔らかそう……」
直人は無邪気なふりをして、指をじわじわとブラウスの隙間へと滑らせる。
「ひゃ、ひゃうん……っ!! な、直人……そこ、は……っ!」
海野の肌が一瞬で朱色に染まった。彼女の荒い呼吸が直人の頬を叩き、日焼けした肌特有の香ばしい匂いと、強烈なフェロモンが立ち昇る。
「あ、ごめん。海野さんがすごくかっこいいから、つい気になっちゃって。……あれ、海野さん、膝、震えてるよ? どっか痛いの?」
直人はそう言いながら、膝の上に置いてあった彼女の手に自分の手を重ねた。そのまま滑り落ちるふりをして、彼女の太ももの間、スカートの奥深くへと手を触れさせる。
「あッ……!!」
触れた瞬間、指先に伝わってきたのは、布地越しでも分かるほどの、ぐっしょりと濡れた、熱い感触だった。
「わ、ごめん! 飲み物こぼしちゃった!? 海野さんのスカート、すごく濡れてるよ!?」
「ち、違うの! これは……その……暑くて……っ!!」
海野は顔を覆い、逃げるように膝を固く閉じた。しかし、指先に残ったその「熱」と「重み」は、直人の脳に強烈な優越感を刻み込んだ。
直人はみんなの見ていないところで、先ほど海野の大事な部分触れた指先の匂いを嗅ぐ。
(流石に直だと、股間にクル香りだな)
直人は元気になりそうな愚息をなんとか宥めつつ、「トイレ行ってくる」といって部屋を出た。
……
「みんな、今日は本当にありがとう。俺、このクラスに来て本当に良かったよ」
直人が各部屋を回り終え、最後の一言を放つと、カラオケボックス内のボルテージは最高潮に達した。部屋の温度は、彼女たちの高揚した体温と熱気でサウナのようになり、空気中には濃厚な「女の匂い」が充満している。
西園寺かぐやは、直人が使ったストローをこっそり回収して宝物のように胸に抱き、麗香は「次は絶対二人きりだからね!」と顔を真っ赤にして叫んでいる。
直人は、彼女たちのそんな狂乱を、あくまで「仲良くなれた喜び」として受け取ってみせた。
(……ふぅ。どいつもこいつも、中身は飢えた獣だな。これ、帰り道はどうなっちゃうんだ?)
直人の中の「猿」が、この世界の底知れぬ「ご褒美」の連鎖に、さらなる興奮を覚えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます