9 呪われた村4

 村の外れには、白いテントがずらりと並んでいた。

 どうやら騎士団の野営地らしい。


 レオニスの物と思われるテントの前に立ち、クリスが声を掛ける。



「薬師殿がお話しがあるとのことで、お連れしました」

「…入れ。」

 中から声がする。

 テントの入り口を、バサッとクリスがめくった。


 中には書類を片手に椅子に腰掛けるレオニスの姿があった。

 書類を見ているだけなのに、妙に様になっている。

(…いや…、ほんと、顔面が強い…)

 ぼんやり見惚れていると、ふいに視線が上がった。


 一瞬、視線が交わる。

(……はっ…!)

 遥香は慌てて姿勢を正し、咳払いする。

「ゴホン…、えー…この一連の病気の原因が、分かりました。」

「……原因は?」

 レオニスは書類を机に置き、静かに立ち上がった。

「はい。原因は……」



「パンです。」

「………パン?」

 明らかに予想外、という顔だ。


「患者の自宅の穀物庫で、穂先が黒くなったライ麦を見つけました。ライ麦は“麦角菌”という菌に感染すると、黒い角状の塊ができます」

 遥香は一気に説明する。



「それを食べると、幻覚、錯乱、痙攣、壊死などを引き起こします」

 レオニスは顎に手を当て、わずかに頷いた。

「……村民の症状と一致するな」



「はい。村長一家に患者が出ていないのも、金銭的に余裕があり小麦のパンを食べていたからです。

 騎士団に患者がいないのも、街から持ち込んだ食糧を食べていたためでしょう」


「…なるほど。」

「赤ちゃんも、乳しか口にしませんから、感染しなかったのだと思います。」

「じゃあ、ローグさんのところはどうなんだい?」

 エルダが首を傾げる。


「行商人ですから、村にいる時間が短いですし…別の土地の食事を取っていた可能性が高いです」

 訪問した際に出されたチャイのような飲み物を思い出し、答える。



 レオニスはしばらく沈黙し、やがて口を開いた。

「…対策はあるのか」

「この土地での麦類栽培を中止し、別作物へ切り替えること。土を他所へ運ばないこと。そして――」


 少しだけ言葉を選び。

「……村人は、この土地から離れた方が安全かと」


 レオニスは腕を組み、数秒だけ目を閉じる。

 そして。

「直ちに対処する。」



 短くそう言い残すと、踵を返してテントを出ていった。


 *******



 原因はライ麦パンだった。


 麦角菌と歴史については大学時代に習っていたが、教科書レベルの知識であり、なかなか思いつかなかった。


(ああ、あの時、もう少し真面目に勉強しとけば良かった…)

 遥香は自分を責めた。



 原因は判明した。次は患者の治療だ。

 エルダは薬草でパンパンになった鞄を地面に置き、一心不乱に漁っている。


 錯乱している患者と痙攣が見られる患者については薬で解決できるであろう。


 だが、手足が黒く壊死している患者はーー


(切除するしかない…)

 果たして、ここに外科的手術などという概念はあるのだろうか。


 どうしたものかと遥香が考えているとーー



「切り落とすしかないね」

 突然後ろから声がした。驚いて声の主を見ると、ハンスだった。

「…人の体を切るなんて気持ちが悪いかい?」

 目を丸くしている遥香の目をじっと見てハンスが聞く。

「…いえ、同じことを考えていたので…」

 今度はハンスが驚く番だった。

「はは、これはびっくりだ。意見が合った人は初めてだよ」

 ハンスは大きな声で笑いながら額に手をやる。



 ハンスは現代で言うところの外科医なのだろう。

 だが、ここではとても珍しいため、医者の間では嫌悪されているようだった。


 遥香は素朴な疑問が湧いてきた。

「あの…麻酔はどうしているんですか?」

「あぁ、マンドレイクとかヒヨスを使うが、完璧には痛みを消せないから、患者が暴れるのを何人かで抑えて手術するんだ」



 …なんという力技だ。患者にひたすら同情してしまう。

「…あ、暴れながら、手術って出来るもんなんですか?」

「手早くやるんだ。ぱぱっとね」

「…じゃ、じゃあ、これから、この人も…」


 遥香はハンスの目の前にいる、男性患者をそろりと見る。

「なぁに、20秒で終わるさ」

 ハンスはメスを持ち、男性患者に笑いかける。

 男性からは「ひっ」と小さな悲鳴が上がった。


「けどね……問題は切った後なんだ。何故か分からないが、患者が弱って死に至ることが多くてね…」

 そう言い、ハンスは地面に視線を落とした。



(それは…多分…)

 遥香は思い至ることがあった。

 恐らく、患者は手術後に感染症を起こしているのだろう。

(…抗菌薬…なんとかならないかな…)



 その時、エルダが呼ぶ。


「おーい遥香!こっちも手伝っておくれ」

 慌てて駆け寄ると、エルダが錯乱状態の若い男性患者に薬を飲ませようとしている所だった。


 患者はエルダのことが悪魔に見えているらしく、「アーメンンンン!」と叫び暴れている。



「ちょいと、抑えておいて…っ!」

 エルダに言われ、患者の手をぐっと押さえる。だが、力の差で振り払われてしまった。

 衝撃で遥香は地面の上に転がる。

「…痛…っ、」


 それを見た騎士達が駆け寄り、抑えるのを代わってくれた。


 遥香は立ち上がると、土まみれになった服を払う。

 土は服にこびり着き、なかなか取れない。


(……土…、これだ!!)


 エルダに一声かけ、ハンスの所へ走って戻る。

「ハンス先生…っ!!ありました!方法が!」

「…ど、どうしたんだい…その姿…?」

 ハンスは泥だらけで走って来る遥香に、ギョッとする。

「…これ…!これですよ!」

 ずいっと遥香は汚れた袖をひっぱりながら見せて言う。


「土、です!!」

「………え、」

 ハンスの顔は明らかにひいている。



 土から抗菌薬"ストレプトマイシン"を作れないだろうか、と考えたのだ。

(すぐには無理だけど、試してみる価値はあるよね…)



 となると、人体に注入するのに注射器も欲しい所だ。

 絵を描いて身振り手振りで説明してみたが、注射器はないようだった。


「あ、浣腸かんちょうはどうだい?」

 ハンスがふと思いついたかのように言った。

「今、王族や貴族達の間では浣腸かんちょうが流行りなんだ」

 ハンスが人差し指を立てて、そう言った。

「……浣腸かんちょうが、流行り……。」

 なんというパワーワードだろう。


 遥香が目を白黒させていると、風に乗って侮蔑ぶべつする声が聞こえてきた。


「人斬りハンスだ」

「異端め」

 周囲を見回すと、医師達が蔑んだ目でハンスを見ていた。

 ここでは、人体を切るという行為は容認されていないのだろう。


 遥香が医師達の方を見ていることに気づいたハンスは、笑いながら言う。

「気にすることないよ。言わせておけばいい」

 そう言うと、メスを持ち直した。



 ******


 その後のレオニスの行動は、迅速だった。


 すぐさまコービッツ村で取れたライ麦を焼き払い、その流通を止めた。


 教会との期限まで、あと8日のことだった。


「あの…、村の人は…、どうなるんですか…?」

 騎士団のテントに呼び出された遥香は、机に向かうレオニスに尋ねる。

「ルーンヘルムの街に移送し、治療を受けさせる。」

 その言葉に、遥香はほっと息をつく。


「…あのぉ…、ライ麦って、全部処分しちゃいました…よね…?」

「いや、研究に回すように数本取ってあるが…。」

 レオニスは眉を顰める。

「あ、あ、あの…っ!」

 遥香は土下座する勢いで、レオニスに頭を下げた。


(ダメ元で、お願いしてみよう…っ!)


 *******



 遥香は街に帰る馬車の中で、瓶の中に入った"それ"を見つめていた。


 レオニスに頼み込み、麦角菌ばっかくきんに侵されたライ麦を数本頂いて来たのだ。

 レオニスの氷のように冷ややかな目を思い出す。

 必死に説明して、やっと許可をもらえた。



「まったく。そんな毒、どうするんだい?」

 エルダは呆れたように遥香を見る。


「もしかしたら…、使う日がくるかもしれないので…。」

 そう言うと、遥香は瓶を握り静かに笑った。


 


 それが、一人の人間の運命を変えることになろうとは――


 この時、まだ誰も知らない。


 それを使うのは、またずっと後の話。


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