8 呪われた村3

「それでね、遥香くん!僕はこう考えたんだよ!!」


 ハンスは自らの医療観を語り始めると、徐々に手振りまで大きくなり、ついには天に向けて拳を掲げながら熱弁をふるい続けていた。



(……ハンス先生…ごめんなさい…。)

 このままでは本当に夜が明けるまで解放されなさそうだ、と判断した遥香は、そっと後ずさり、タイミングを見計らって話し続けるハンスの横から抜け出した。



 ハンスと別れ、ほっと息を吐いて歩いていると、ちょうどクリスとエルダが戻ってきた。


「そこで聞いたよ……!遥香、大丈夫だったかい?」

 エルダは心配そうに駆け寄ってくると、遥香の体をぺたぺたと触り、怪我がないか確かめはじめた。



 その時ーーー



「どいてくれ!!」

 短い叫び声とともに、痙攣する男性を布に乗せた騎士たちが駆けていく。

 向かう先は治療用のテントだ。

 また一人、患者が増えたのだろう。



 胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

(早く、原因を見つけないと…。)


 患者だけが増え、何も分からない。教会との約束の期限も迫っている。

 これだけの人数が同時期に発症している以上、村人が日常的に触れる“何か”が原因に違いない。



 人口200ほどの小さな村で、すでに150人が発症しているのだ。


 なのに――


「赤ちゃん達だけは無事、か……」

 看護師らしき女性が、八人の赤子を一つの家でまとめてあやしていた。全員、健康そのもので、元気な泣き声が響いている。



(どうして赤ちゃんだけ……?)

 歩きながら遥香は考える。



 最初はウイルスや細菌を疑った。

 しかし、村に出入りする騎士団や医師たちは、誰も発症していない。

(感染性のものじゃなさそう…)



(…水かな?)

「クリスさん、井戸ってどこにありますか?」

 クリスに案内され、村の中心にある井戸へ向かった。

 石がしっかりと組まれ、滑車に桶がぶらさがっている。



「水を汲むのかい?」

 井戸の使い方が分からない遥香があたふたしていると、エルダが慣れた手つきで水を桶いっぱい入れてくれた。

 桶の中を3人で覗き込むが、これといっておかしなところはなく、普通の水と変わらない。



「失礼します。井戸を使ってもよろしいでしょうか。」

 後ろから声が掛かる。

 振り向くと一人の若い騎士が立っていた。クリスが汲んだ水を渡すと、騎士は樽に移して持っていく。



「騎士団の方もここのお水を使っているんですか?」

「ええ。食料は街から持参してますが、水まではさすがに。村の井戸を使わせてもらっています」



(となると……水も違う、か…。)


 当てが外れ、肩を落としながら村を歩いていると──粗末な藁葺きの家々の中で、やけに白く立派な石造りの家が見えた。



「あれは?」

「ああ、村長宅ですね…。訪ねてみますか?」

 クリスの案内で緑の扉をノックすると、怯えた目が隙間から覗く。名乗ってようやく迎え入れられた。

「どうぞ。」

 クリスが手で促してくれる。



 ちょうど食事の準備をしていたのであろう。

 入り口から少し進んだ所にある台所からは良い匂いがしている。

 釜からは今焼き上がったであろう香ばしいパンを、女性が取り出しているのが見えた。



 案内された応接間は薄暗く、深緑のソファと金縁の絨毯の重厚さだけが目立っていた。



 やがて白髪の初老の男性──村長が現れた。


「……もうこの村はしまいだ」

 沈んだ声に、青ざめた顔。視線は揺れている。

 エルダが名乗ると、村長は震える手を膝の上に置き、語り始めた。



「一月ほど前じゃ……畑で若い衆が突然倒れ、目を見開き痙攣しだした。翌日にまた一人、次の日には三人……気づけば村のほとんどが、呪われたようにおかしくなっていたのじゃ…。」

 頭を抱える村長。



 その視線は閉じられたカーテンへ吸い寄せられていく。

「わしら家族は外に出るのも怖くてな……。一体誰が…呪いなんてかけたんだ……」

 膝の上に置かれた拳は小刻みに震えていた。



 エルダが問いかける。

「家族は、みんな無事なのかい?」

「ああ、妻も娘も息子も……それと親戚も無事だ……。ああ…それと、ローグさん家も元気らしい」



 村長に丁重にお礼を言い、屋敷を後にする。



「村長さんのご家族とご親戚、それにローグさんという方は無事みたいでしたね。それと…赤ちゃん達も。」

 遥香は歩きながら、隣に居るエルダに話しかける。


「そうだね…そのローグという人のところにも行ってみるか」

 エルダはクリスにローグ家の場所を聞く。



 ローグ家は村の入り口にあり、商店を営んでいた。声をかけると恰幅のいい女性が現れる。

 華やかな赤のブローチと銀の指輪が輝いていた。

 こちらは村長と違い溌剌としている。



「旦那と商売しててね。今は行商で南に行ってるよ」

 茶を淹れてくれ、エルダが訪ねた理由を話すと、奥さんは手をひらひらさせた。

「先週まであたしも隣国に仕入れに行っててねぇ。帰ってきたらこの騒ぎで驚いたよ」



(つまり……村に居なかったから無事ってこと、か……)

 お茶を口に含む。

 行商で仕入れたのだろうか、それはチャイの味に似ていた。

 奥さんのおしゃべりは尽きない。旅や夫の愚痴まで飛び出したところでクリスがうまく切り上げてくれた。



「お嬢ちゃん、頑張っておくれね!!」

 そう言うと、奥さんは遥香の手に強引にクッキーを握らせる。

(…お、お嬢ちゃん…)

 苦笑いでお礼を言うと、ローグ家を後にした。



 村の広場に戻る途中、クリスが尋ねた。

「何か分かりました?」

「いいや、ちっともわからないね」

 エルダは腰に手を置き、堂々と答える。

 遥香は肩を落とす。



 だが、次の瞬間──ふっと思いついた。

「あの……患者さんの家を見てもいいですか?」



 案内された藁葺きの家。

 木で出来た薄いドアの前で遥香は止まる。

 泥を固めて作ったであろう家の壁はところどころポロポロと崩れている。



 家人が不在であるのに勝手に入るのは気が引けたが、

「お邪魔します…」

 小さな声で一声掛けて、家の中に入る。


 そこには一部屋だけの質素な空間が広がり、干し草を重ねた寝床、木のテーブル、炉が置かれている。



 遥香が干し草に近づいた瞬間──

 むくっ、とそれは盛り上がった。



「ブッフォー!!!!」

 豚が顔を出す。



「ひっ……!」

 二歩、三歩、後退する遥香。

 きしむように首をエルダへ向けると、エルダは平然としていた。


「この辺りじゃ普通だよ。家畜と一緒に住むのは」




(これは……衛生面も問題かもしれない……)

 ふぅっ、ともう何度目か分からないため息をつく。



 外に出た時、家の隣にもう一つ小屋があることに気付く。

「あれは?」

 遥香は小屋を指差して聞く。

「ああ、貯蔵庫だろうね」

 エルダは横目でそれを見て答える。

「あそこも見ていいですか?」

 遥香はそう言うと、ギイイッと音を立て小屋のドアを開ける。



 ドアの隙間から暗い室内に光が差し込んだ。

 穀物庫らしいそこからは、ツンとカビのような匂いが漂った。



 麦であろうか。何束かに分け積まれている。

「ライ麦だね、北じゃよく取れるんだよ」

 エルダの言葉を聞きながらそれを観察する。



(ライ麦…)

 遥香は見たことがなく珍しく、一本拝借して手に取って見る。



 するとーー

 黄金の穂の一部だけが不自然に黒く変色していた。


「…あの……、ライ麦ってこんな感じなんですか?」

 黒い部分を指差してエルダに見せる。

「………いいや、こんなに黒くなったライ麦は初めて見る。」

 エルダが眉をひそめた。



 ーーその言葉を聞いた瞬間、遥香の脳裏にある知識が蘇る。



(……あれだ!!)


 ああ、どうして気づかなかったのだろう。だが、まだ確証はない。


(確かめないと…っ!)


「村長さんの家……もう一度行ってもいいですか?」

 村長宅で見た光景を思い出した。



 先程訪れた村長の家の前に再び立つ。

 ノックをしてしばらく待っていると、首元にはナフキンをかけた村長が首を出した。

 食事中であったのだろう。邪魔したことを謝罪し、村長に問う。


「あの……パンには、何を使っていますか?」

 村長は小首をかしげつつ、答える。

「えっ……小麦の粉と、水と……」



(やっぱり……!)

 村長にお礼を言い、足早に患者の元へ行く。

 会話が成り立ちそうな年配の女性の患者を選び、話しを聞く。

 手足に痺れがあるのだろう。女性は足を摩っている。



「あの、普段のパンは、何で作っていますか?」

「パン?……ライ麦だけど…」

 その言葉で、確信は揺るぎないものになった。



(……よし!これで揃った…!)

 遥香は駆け出す。


 副団長レオニスへ報告するために。

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