7 呪われた村2

 騎士の訪問から2日後。


 遥香とエルダを乗せた馬車は、荒れた街道を激しく揺れながら北へ向かっていた。



「はいやっ!」

 掛け声と共に、御者はものすごい剣幕で馬を煽り続け、風を切る音が耳に痛いほどだ。

 騎士団が手配したというその馬車は、装飾らしい装飾もなく、ただ速さだけを追い求めた造りだった。



 馬車に乗り慣れていない遥香は、尻の痛みに耐えながら必死に手すりにしがみついていた。


(もう、お願いだから…早く着いて……!)

 揺れのたびに身体が跳ね、歯を食いしばって踏ん張る。

 現代の車の乗り心地が、今ほど恋しく思えたことはない。



 そんな遥香の苦労など露知らず、目の前の騎士――副団長直属の補佐官クリスは、涼しい顔で言った。


「あと半時間程で村に着きます。村に着いたら、お二人には早速だが村を見て回って頂きたい。」



「もちろん。」

 エルダは薬草やら布やらでパンパンになった鞄を握りしめながら頷く。



「教会との猶予の時間が限られているので、確率をあげるべく他にも医師や薬師を手配しています。」


 ーーなるほど。"数打ちゃ当たる"理論なのだろう。



(とりあえず、馬車を降りるまでに、お尻が裂けないかが心配だ…)

 そう考えながら外を眺めていると、いつの間にか馬車の速度が落ちていた。


 どうやら目的地に着いたようだ。

 窓からおそるおそる覗いてみる。



 そこは昼間だというのに薄暗く、不気味な影が村全体を覆っていた。

 粗末な藁葺きの家々が並んでいるが、住民の姿は見えない。

 どこからか悲鳴のような声だけが風に乗って聞こえてきた。



「どうぞ」

 先に降りていたクリスが手を差し出した。

 エスコートに慣れない遥香は、戸惑いながらその手を借りて地面へと降り立った。



 村の広場に張られた大きなテントの中は、人々の叫び声や苦しむ声があちらこちらからして、まるで地獄のようだった。

 耐え難い臭気が鼻を刺す。



 老人や子どもたちまでもが、石畳の上に敷かれた布の上で苦しげに身を横たえていた。


「こちらへお願いします。」

 遥香とエルダは患者の間を歩き、様子を確かめて回っていたが、エルダは騎士に呼ばれて説明を受けに行ってしまった。



 一人残された遥香はある患者の前で足を止めた。

 その女性は喉を掻きむしりながら奇声を上げ、遥香を見ると怯えきった目で手を伸ばした。


「ああああ! 悪魔が来る!」

 完全に錯乱している。爪が剥がれ血が滲んでもやめようとしない。



 辺りには痙攣する者、手足が壊死した者、意味不明な言葉を叫び転げ回る者がずらりと並ぶ。

 その数はざっと百二十を超えていた。


 壊死した肉特有の匂いがテント中に満ちている。



(これは……)

 人々が"呪い"だと騒ぎたくなるのもわかるほど、酷い光景だった。



「まず瀉血だ」

 すぐ後ろから自信に満ち溢れた声が聞こえてきた。


 薄い頭に、恰幅の良い体、たっぷりの髭をたくわえた医者が、隣に居た医者に指示を出していた。

 身なりから察するに、高位の医者なのだろう。



 助手はメスを取り出し、先程の女性の静脈に当てようとしている。

「…まっ、待って下さい」

 遥香は思わず声を掛けてしまった。


「なんだ?」

 髭の医者がじろりと遥香を睨みつける。



「あ、あの…」

 心を決めて、遥香は続けた。

「ただでさえ衰弱しているのです。これ以上血液を失うのは危険です。」



「なんだと!お前は医者か?」

「いえ、薬剤…、薬師です」

「はっ…、薬師の女ふぜいが…出しゃばるな!!」

 恰幅の良い医者は怒鳴りつける。


 だが、遥香は動じなかった。

 四年の薬剤師経験で、威圧的な医者には慣れっこだ。



 もがいている女性をちらっと見る。

 遥香も引き下がる訳にはいかない。

「意味がないと、言っているんです」

 もう一度背筋を伸ばしてはっきりと言った。



「なんだとぉ!」

 激高した医者が遥香に殴りかかる。

 遥香はギュッと目をつぶり、歯を食いしばった。



(間違ったことは言っていない――!)



 パシッ、と空気を切る音がした。

 しかし痛みは訪れない。


 そっと目を開けると、紺色の広い背中が視界を覆っていた。



「何をしている」

 低く静かな声だった。

「あっ、こ、これはこれは副団長殿。すみません。…ですが、この女が治療を止めたのです」

 手を取られた医者が慌てて取り繕う。


 騎士がゆっくり遥香の方を振り返る。

 切れ長の栗色の瞳。街で見たあの騎士だった。



「……血を抜いても、意味がないんです。」

 遥香は乾いた唇を湿らせ、小さく呟くと、髭医者がまた噛みついた。

「なんだと!瀉血はいかなる病気においても第一選択だろうが!!」



 どう説明すれば良いものかと迷っていると、肩にぽんっと手が置かれた。

「私もこの子の意見に賛成だ」

 明るい声だった。



 声の主を見る。

 あちこちに飛び跳ねた赤髪、よれよれの白衣、革靴はところどころ擦り切れた男性医師だった。



「ハンス!またお前か!この異端が!」

 知り合いなのであろうか、髭医者が心底嫌そうな顔でその人を睨む。

 ハンスと呼ばれた医者はニコニコしながら続ける。

「君は今まで瀉血をして患者が良くなったことがあるかい?」

「…ぐっ、…だが、瀉血は必要だ!!!」

 思い当たる節があったのだろう。

 髭医者は怒って褐色の四角いバッグを乱暴に掴むと、どこかへ歩いて行ってしまった。



「……すまないね、あいつは上級医で、意見されることに慣れていないんだ。」

 ハンスが申し訳なさそうに遥香に言う。

 遥香は首を横に振る。



 治療方針が違う。

 分かり合うことは難しいのであろう。

(…ひとまず、止めることが出来て良かった。)



 遥香は改めて騎士と、ハンスの方を向き頭を下げて礼を言う。

 ハンスは軸が曲がったメガネを直しながらにこやかに遥香を見ている。



 騎士は遥香に聞く。

「君は?」

「遥香と申します。

 海を渡った日本という国から来た薬師です……。お、お、お、おばのエルダの所で助手として働いています。」

 エルダの姪だという設定を忘れかけていた。

 慌てて、そう付け足す。



「私は副団長のレオニスだ。原因究明には様々な角度からの視点が必要だ。頼んだぞ。」

 淡々とそう言うと、レオニスは騎士たちのもとへ歩き去った。


(…イケメンだけど…、無愛想な人だな…)

 遥香が、レオニスが去った方向を見ているとーー



「いやぁ、私は医者の中でははみ出し者でね。あの通り嫌われているのさ。」

 はははと笑い、ぼさぼさの頭をかきながらハンスが言った。


「あ、さっきは本当にありがとうございました。」

 遥香が頭を下げると、ハンスは目を細めて言った。



「いいや、私も瀉血は無意味だと思っている。この村は呪いにかかったと言われているが、そんなことあるものか。何か絶対に原因があるはずだ。」

 一点を見つめて真剣な顔つきでハンスは言う。




 ーーこんな考え方の医者もいるのか。



 遥香はハンスの横顔を見つめ、心の奥で少しほっとした。

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