5 締め付けの呪い3
昨日は鬱蒼として、不気味に見えた森の小道。 けれど今朝は、まるで別の場所のようだった。
朝の光が葉の隙間から降り注ぎ、木漏れ日がきらきらと揺れている。
(え、これ同じ道だよね……?)
「昨日のあの子、良くなってるといいんだけどねえ」
エルダがぽつりと呟く。背中越しでも心配しているのが分かった。
「……あの、」
遥香はずっと胸に引っかかっていたことを口にした。
「昨日、あの子のお父さんが、"胸を締め付けられる呪い"をかけられたって言ってましたけど………」
「ああ。ここでは、病気や不幸があれば、すぐに"呪いだ"、"魔女の仕業だ"って話になるのさ!」
エルダは肩をすくめ、どこか諦めたように笑った。
「……だから、昨日も……」
遥香は思わず頷いた。
(……本当、呪い一択だったもんな…)
そしてーー
森を抜けた、その瞬間。
「……っ!」
遥香は思わず息を呑んだ。
そこには、広大な街が広がっていた。
レンガ造りの建物が整然と並んでいる。 広場の中央の噴水は、朝の光を受けて水しぶきを輝かせていた。
(……うわあ…!…おとぎ話みたい…!)
石畳を踏みしめながら周囲を見渡すと、小高い丘の上に灰色の巨大な建物がそびえていた。
城というより、要塞といった方がしっくりくる。
(威圧感…、すごいな…)
やがて、石壁の質素な家が立ち並ぶ一角に差し掛かった。
その時。
「ドタドタうるさいんだよ!! 静かにしとくれ!」
嗄れた怒鳴り声が通りに響いた。
声の主は、黒い服をまとった老婆。
その向かいには、昨日の父親が立っている。
「まったく……病気のままの方が、静かで良かったよ!」
「……なんだと…っ!この…っ魔女が…!!」
一触即発の雰囲気だ。
「ちょっと!」
エルダが一歩踏み出す。
「……っ!?」
老婆は肩をびくりと揺らし、振り返る。
「……な、何だい、あんた……」
杖代わりの木の棒を握り直し、警戒するように睨み返す。
「聞いたよ、今の言葉」
エルダは腕を組み、きっぱり言った。
「病気のままの方がいいなんて……冗談でも言うもんじゃない!」
「……ふ、ふん」
老婆は顔を背ける。
「子供のことなんて、知ったこっちゃないよ!」
きつい言葉だ。
——でも。
その目の奥に、ほんのわずかな“寂しさ”が滲んでいることに、遥香は気づいた。
その時――
「……だぁれ?」
開いたドアの奥から、子供がひょこっと顔を出した。
昨日よりも血色がよく、頬がほんのり赤い。
「……っ!」
父親が慌てる。
「こら、リアム! 中に――」
だがリアムは気にせず、てくてくと老婆の前へ歩いていった。
老婆は、一瞬、固まる。
「……な、なんだい、あんた……」
「ぼく、リアム!」
満面の笑みで言う。
「きのうね、すっごく苦しかったんだけど、いーっぱい寝たら、楽になったんだよ!」
「……そうかい」
素っ気ない返事。 けれど、声の棘は少しだけ丸くなっていた。
リアムは黒い服を見上げ、首をかしげる。
「ねぇ、おばあちゃんは、ひとりぼっちなの?」
――ぴしり。
空気が、凍る。
「リアム、もうあっちに――!」
父親の声を遮るように、老婆が小さく答えた。
「……ひとりさ」
「もう…、ずっと…ね……」
その声は、怒鳴り声とはまるで違っていた。
「そっかぁ」
リアムは少し考えてから、にこっと笑う。
「じゃあさ、ぼくとおはなししようよ!」
「……は?」
間の抜けた声が漏れる。
「ぼく、もう走らないから!」
胸を張って宣言する。
「うるさくも、しないよ!」
(……あ……)
遥香は、思わず息を止めた。
老婆はしばらくリアムを見下ろしていたが――
やがて、ふっと肩の力を抜いた。
「……変な子だね」
そう言いながら、口元がわずかに緩む。
「……でも、まあ」
杖を石畳に軽く突く。
「少しくらいなら…、いいよ」
「ほんと!?」
リアムの顔がぱっと輝く。
「…ふん…っ、調子に乗るんじゃないよ」
ぶっきらぼうに言い、老婆は隣の家へ踵を返す。
「おばあちゃーん! またねー!」
リアムは全身で手を振る。
老婆は、一瞬だけ振り返り―― ほんの一瞬、照れたように目を伏せた。
「……ああ」
その小さな返事に、遥香の胸がじんわり温かくなった。
父親は、老婆の背中に深く頭を下げた。
「……すまなかった……」
遥香は、遠ざかる黒い背中を見つめながら思う。
(……呪いをかける“魔女”なんて……いないよね…)
残っていたのは、ただ―― 少し不器用で、少し寂しい、大人の心だった。
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