第10話 説明
■短く、強く
今日は雪が降ってきて、路面が凍っている。
その日のとある事業所Mで、ゴウ、コトゲ、ゴン、三山、ウマ男、シロー、その他1名が集まると、作業が始まった。
彼らの作業を見ていて、欠けている言葉を、リズム返しの声掛けをしているが、ゴンやミックには、「お願いします」と「ありがとう」の違いが、まだうまく理解できていないように思えた。
ここはひとつ、作業で使う声掛けの、詳しい説明した方が良いと感じた。
支援員さんはゴンに向かって、また複雑な説明をしている。
あれでは伝わらない。これまでの様子を見ていれば、それは明らかだった。
では、自分ならどう伝えるべきか。
基本は、短く、強く。それが彼らに届く言葉だ。
学はゴンに、普段の会話のような調子で話し始めた。
「相手にものを頼まれたら『はい』と言って作業します。要件を果たしたら『終わりました』と言います。ここまで良い? 問題は、相手にものを頼むときです」
少し頭を掻きながら、学は続けた。
「相手にものを頼むときは、『~を、お願いします』と言ってみてください」
一度息を整えて、さらに言葉を置く。
「そして、その作業が終わったと、分かったら、感謝を込めて『ありがとう』と、言うんです」
ゴンやミックは、今まで、支援員に、言われた通りにするだけで、自分の中で、これはどうゆう事か? なぜ、そういう事が大切なのか? 考えることがなかった。
普通、人は“上の人間が決めた要求”の気配を感じると、不安になって隣の人に相談する。そこで頼んだり、頼まれたりしながら、なんとか場をつないでいく。
そこで、誰かとつながった後、作業として動き出す合図が「お願いします」なのである。そして、作業を終えてもらうと、自然と出てくる感謝の合図――それが「ありがとう」なのだ。
学が「作業が始まったら、努めて『お願いします』と言ってみてください」と言った時、ゴンの胸の奥が少しざわついた。
“また何か覚えなきゃいけないのか”
不安が、いつものように先に立つ。
けれど、学の声は支援員のそれとは違って、短く、まっすぐで、逃げ場を作らない代わりに、責めてもこない。
だから、ゴンは思わず息を止めた。
「頼んだ作業を終えてもらったら、感謝の気持ちで『ありがとう』と言うんです」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが小さく動いた。
“自分が終わりを告げていいのか”
その驚きが、胸の奥で跳ねた。
これまでのゴンは、誰かが始めたことに巻き込まれ、誰かが終わらせるのを待つだけだった。
■参加感
自分が合図を出すなんて、考えたこともない。
相手から頼まれたらOKの「はい」―――頼まれた事を拒むときは、素直に「すみません」を入れる。
要件を果たしたら、「終わりました」。
相手に頼むには、「~を、お願いします」
頼んだ事が上手くいったら、「ありがとう」。
その説明は、ゴンにとって初めて、“自分が場に参加していい”と言われたように、聞こえた。
まだよく分からない。
けれど、胸の奥がほんの少しだけ温かくなるのを感じていた。
“やってみてもいいのかな”
そんな小さな芽のような気持ちが、静かに生まれていた。
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