第7話  チラシ

 ■自助

 学は、昼休みに作業場の休憩室で、缶コーヒーを飲みながら、机の上に置いたチラシをじっと見つめていた。

 「精神障碍・自助グループ『白鯨』」


 そのタイトルは、どこか堅苦しいようで、でも不思議と目を離せない響きを持っていた。

 先週の障碍者のシンポジュウムで、隣に座っていた女性――美穂が、「こういうものがあるんですよ」とさりげなく渡してくれたものだ。


 彼女の声は柔らかかったが、押しつけがましさはまったくなかった。

 ただ、「あなたなら、きっと何か受け取れると思う」そんな気持ちだけが、言葉の奥にあった。


 学は、チラシを指先で軽く折りながら、そのときの美穂の横顔を思い出していた。

 まだ、お互いに、他人に毛が生えた関係である。

 でも、彼女の言葉は妙に胸に残る。

 「自助…か」

 自分の弱さを整理すること。

 それを誰かと共有すること。


 それが怖いのか、それとも必要なのか、学にはまだ判断がつかなかった。

 けれど、チラシの端に書かれた一文が、彼の心をそっと押した。

 「言葉にならない気持ちを、語ってみよう」

 学は、小説を書くとき、いつも言葉にできない“何か”に悩まされていた。


 それが形になるなら――

 少しだけ、前に進めるかもしれない。

 ポケットの中のスマホが重く感じる。


 電話をかけるのは簡単だ。

 でも、「興味があります」と言うことは、自分の弱さを認めることでもある。

 学は深く息を吸った。

「…やってみるか」


 自分に言い聞かせるように呟き、スマホを取り出す。

 チラシに書かれた番号をゆっくりと押す。

 指先が、ほんの少し震えていた。


 呼び出し音が鳴り始める。

 その音が、学の胸の奥で、小さな決意のように響いた。

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