第3話 悪役女騎士団長は、一つ目の死亡フラグを撃破する!?

「ま、待ってくださいよ、ご主人様ぁああ!」


「待てないの!」


 私が寝ていた建物はある程度大きな街の一角にあったようだ。

 思い出したぞ、ここはモンテリオン公爵家の納めるカザフの街だ。


 私は石畳を飛ぶように走る。

 目の前に現れる街の人々も、馬車も何もかも飛び越えながら。


「お、おい、竜殺しが走ってくるぞ!?」


「ひ、ひぃ、殺される!?」


 走りながらでも、街の人たちがぎょっとした顔をするのが分かる。

 門番をしている衛兵たちも私が突っ込んでくるのを見て慌てて扉を開いた。

 どうやら、相当怖がられているようだ。


 だけど、だけどである。

 今の私は恥も外聞も気にしてはいられない。

 スライムを一刻も早く退治して、街道を使えるようにしなければ私の首が飛ぶのだから。


 不思議なことに今の私には恐怖心がなかった。

 頭を打った直後は前世の記憶が流れ込んできて焦ったけれど、今はいい具合に私自身の記憶と混ざり始めているのだ。

 スライムなんてゲーム世界では序盤の雑魚モンスターだ。

 パンチ一発でKOできるはず。


 そんな甘い目論見は数分後には崩れ去ることになる。


「……って、でっかすぎるでしょうが!?」


 石畳の街道に現れたのは、真っ赤な色をした半透明のゲル状のモンスターだった。

 今までの私ならワンパンで片が付いたはず。


 しかし、私はあんぐりと口を開けていた。

 通常のスライムが人の膝丈程度しかない雑魚モンスターである一方、目の前のこいつは貴族の屋敷ぐらいの大きさがあるのだ。

 こんな大きさのスライム、みたことがない。

 異様なのが、核が無数に浮かんでいることだ。


「ひぃひぃ、やっと追いつきました……って、何ですかこいつ!? 大きなイチゴみたいです!」


「だ、団長、こんなの退治できるんですかぁ!?」


「わしは空から援護するでのぉ」


「なんか嫌な予感がしまっせ!? うちは安全な所から野次を飛ばすいうことで!」


 私がどう戦うべきか考えていると四人も到着した。

 なんでも食べたがる獣人のヒルダ、武器がないと怯えるだけのフィオナ。

 上空に飛びあがり、目玉をぎょろつかせるルドン。

 そして、戦闘は人任せのサカイ。


 うちの第四騎士団が勢揃いした形なのだが、非常に心もとない。

 大体、サカイなんか非戦闘員は来なくてもいいんじゃないか。


「フィオナ、剣を使っていいぞ! スライムの中の核を狙え!」


 私はフィオナに抜刀の許可を与える。

 我が第四騎士団の副団長を務めるのは彼女、フィオナ・ド・イリューシン。

 もとは伯爵令嬢の娘であり、貴族学園も出た秀才である。

 普段の性格もおっとりしていて、深窓の令嬢を彷彿とさせる。

 だが、とあることが原因で婚約破棄されたという悲しき過去を持っている。

 

「ヒャッハー! 死にさらせ、スライムがよぉおお!」


 そのとあることとは、刃物を持つと性格が変わることである。

 どう考えても危険人物だ。

 うちの騎士団に拾わなければ、人を殺してたと思う。


「おいおい、手ごたえがねぇぞぉ!? お前の本気を見せてみろよぉお!」


 凄まじい勢いで剣をスライムに突き刺し、核を潰すフィオナ。

 彼女の目つきは完全に変わってしまい、街にいる輩と遜色がない。

 さっきまで生まれたての鹿の子供みたいに震えていたのが嘘のようだ。


「ヒルダ、お前は距離を取りつつ敵を引き付けろ!」


「ご主人様、私も戦いたいですよ!」


「素手でスライムとやり合うやつがいるか!」


「で、でもぉ」


 獣人のヒルダは俊敏な機動力を活かした戦いを得意とする。

 メイド服を着たまま戦闘に臨んでいるのだが、その動きは一流の武闘家を凌駕する。

 

 だが、今回は相手が悪い。

 スライムは強い酸を持っていて、拳で殴ると皮膚がただれてしまう。


「一回だけやらせてくださいよぉ! えいっ!」


 私が止めているにも拘わらず、ヒルダはスライムに強烈なパンチをお見舞いする。

 威力は十分だろうが火傷を負っているに違いない。

 後でお説教だなと私は内心、舌打ちをする。

 

「できました! なぁんだ、スライムで濡れる前に拳を引き抜けばいいんですよ!」


「なんだ、その謎理論!?」


 驚いたことにヒルダは火傷を負わずにスライムの核を潰し始める。

 私のことを化け物じみてるなんていう人間も多いが、こいつのほうがよっぽどだ。


 よし、これなら大丈夫だ、ヒルダとフィオナの二枚看板で簡単に決着がつきそうだ。

 

 そんな風に油断するのが私の悪い所である。

 核をどんどん潰していった結果、スライムには異変が起きていた


「な、なんですか!? スライムの核が集まってますよぉ!?」


 スライムが核を奥深くへと結集させる。

 岩ほどの大きさになった核はまがまがしく光っている。


「ふざけんな、剣が届かねぇじゃねぇか!」


 さすがのフィオナの剣さばきでも無傷で核までたどり着くのは難しそうだ。

 ヒルダはそれでも飛び込んでいきそうだが、全身やけどになるのは目に見えている。


 ふぅむ、この魔物、どうやらただのスライムではないようだ。

 A級とかB級ぐらいには入るかもしれない。


 だけど、私の心にはまだ余裕があった。

 この程度なら。


「ルドン、弱い所は見つかったか?」


「解析完了したのじゃ! 真上からの防御が甘いぞい! 視覚を送るのじゃ!」


 上空でふよふよと浮いているルドンはただのマスコットじゃない。

 ルドンはその類いまれな視力で敵の弱いポイントを見つけ出すことができるのである。

 ルドンの視覚共有の魔法によって、私の脳内にスライムの弱点が映し出される。


「喰らえっ!」


 私はスライムめがけて手持ち武器を投げつける。

 それは前世ではトマホークと呼ばれていたような手斧だ。

 何キロもあるであろうそれを軽々と扱う自分自身に驚きを隠せない。


 手斧はひゅんひゅんと回転しながら弧を描き、上空からスライムの核へと命中した。

 えへへ、子供のころから練習しているから百発百中に近いのだ。

 それと私の投げ斧は岩をも砕く威力を持っている。

 柔らかいスライムごとき相手にならない。


「やりましたぁ!」


「うぉおお、すげぇ!」


 スライムはその場でどろりと溶け出して地面へと広がる。

 あれだけ大きくても、スライムの弱点は核なのだ。

 核を粉々にすれば再起不能になってしまう。


「ふぅむ、相変わらずえぐいのぉ。こやつ、なかなか強いスライムじゃぞ」


 上空のルドンがふよふよと降りてくる。

 翼が生えているが実は飾りで魔力で飛んでいるとのこと。魔族って面白い。


「えへへ! 私たちにかかればちょちょいのちょいですよ!」


 ヒルダは嬉しそうに笑ってぴょんぴょん跳ねる。

 普通にしていれば微笑ましい光景なのだろう。


 彼女たちとは違うけど、私も内心ほっと胸をなでおろしていた。

 このスライムを排除したことで街道は普通に使えるようになるはずだ。

 結果、ゲームの主人公は普通に入学式に間に合い、悪役令嬢と衝突することはなくなるはず。


「でも、これで一件落着……なのかな……?」


 死亡フラグを回避したはずなのに、私は考え込んでしまった。

 この世界のもとになっているゲームでは、確かに私たちはかませ犬だった。

 毎回のごとく、主人公にやられ、なにもできないまま敗北していた。

 

 しかし、ここまで戦闘力のある集団がそんなに簡単にやられてしまうだろうか。

 正直、なぜ負けたのか分からない。

 確かに個人個人の戦闘が強いというのと、戦略的に勝利するというのは違う。


 だけど、やることなすこと全て後手後手で、気づいた時には断頭台だったのだ。

 何か、よからぬ運命が私たちを取り巻いている気がした。


「いよっしゃぁああー! 次はうちの出番やぁああ!」


 スライムの残骸を前に考えていると、サカイが歓声をあげて現れる。

 商人として鳴らした彼女は鑑定スキルを持っている。

 このヘンテコなスライムから有益な素材が取れるといいのだが、本体の大半は水分なので地面に吸い込まれてしまった。

 残っているのは破壊されたスライムの核ぐらいなものである。


 よく見れば、七色に光ってキレイと言えばキレイだ。

 アクセサリーなんかに使えばいいかもしれない。

 そうはいっても所詮はスライム、子供だましにしかならないかもしれないけど。


「こ、これは……うっそやん、ほんまかいな……」


 サカイはスライムの核の残骸を見ながらぶつぶつと何かを言っている。

 前世の社会を知っている私からすると、どう見てもガラクタにしか見えない。


 よくよく考えたら、この残骸を掃除しなきゃいけないとかないよね?

 残骸があるので掃除のために馬車の運行を休止しますとか、言い出したら非常に面倒くさい。

 言っておくが、私は騎士団長だ。

 暴力をふるうのは得意だが、掃除は大の苦手である。


 そこで私は妙案を思いついた。

 目の前にいるサカイのがめつい本性を利用するのだ。

 

「サカイ、これ、欲しいならあげるけど?」


「はぁ!? えぇっ!? な、な、なに言うてはるんですか!? 騎士団の獲得した素材は国庫行きですやん」


 サカイにしては珍しく真っ当なことを言う。

 確かに騎士団は国から給料をもらっているため、その業務で獲得した素材は国に納めることになっている。

 しかし、目の前のこれはどうみても素材としての価値はなさそうな気がする。

 サカイが何かの価値を見出したのなら、お得意のマジックバッグにでも放りこんでもらいたいのだが。

 

「いや、別にいいけど。えっと、あんたの家族のお土産にすればいいんじゃない?」


「う、うちの家族の……」


 私の言葉を聞いた瞬間、サカイの表情が変わる。

 何かの地雷みたいなものを踏みぬいてしまった感覚が私を襲うのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る