第6話 天狗坂君とわたし
—今から約6年前のこと
高校の合格発表の日、スマホを見ると天狗坂君からメッセージが届いていた。
—
ただその言葉だけが書かれていた。他の人なら発表前のひどく緊張しているときに、わざわざメッセージを送ってこないだろう。それでも送ってくるのが、天狗坂君らしいと思った。彼は、人とのコミュニケーションで不器用なところがある。だけど、誰よりも自分の気持ちに素直でなおかつ他人の幸せを願っているのが、彼なのだ。
彼と初めて出会ったのは、中学1年の時だった。中学入学して彼と同じクラスで隣の席になった。中学1年で身長180センチを超え、地元のサッカークラブでは神童と呼ばれていた彼は、わたしが得ることのできないあらゆるものを持ち合わせていた。彼ならば、多くの人間に夢や希望を与えられる存在になると、わたしは出会った時からずっと信じている。
それでいて彼は、自らをひけらかすことはなかった。むしろいつもどこか不安げで、悪く言えばおどおどしていて、頼りなさそうにも見える。だけどその姿は、彼が他人に迷惑をかけてはいけないと思っている、優しさからくるものなのだと少ししてからわかった。その優しさに触れてから、彼を知りたい、応援したい、もっとそばにいたい、そう思わせる魅力を彼に感じるようになった。簡単に言えば、わたしは彼のことが好きになったのだ。
それから天狗坂君とわたしは、ただの友人ではないが恋人でもないという曖昧な関係が続き今に至る。どちらからも告白ができないままでいる。わたしは彼のことが好きだし、恋人としての関係を築けるならそうしたい。しかし、わたしにはそんな資格がない。どんなにわたしが努力をしても、1年もすれば彼との関係は消えてしまうからだ。
天狗坂君とのこれまでのことを思い出しながら、彼に「ありがとう」と返信をした。緊張で心臓が苦しかったけど、彼のことを考えていたら、それもいくらか和らいだ。
合格発表があり、私は天狗坂君と同じ高校、私立
そして入学式の日、天狗坂君はすでに同級生の間で有名人になっていた。彼は中学生のときから地元新聞にサッカーでの活躍が取り上げられ、また身長も成長期の中にありながら190センチを超えていることもあり、とても話題になりやすいのだ。
天狗坂君とは式後一緒に家に帰る約束をしていたが、彼が校門の前で多くの見知らぬ同級生に囲まれていた。彼自身多くの人から握手やサインを求められ、引き攣った笑みを浮かべ若干困った様子だったが、決して無碍にせず一人一人に丁寧に対応をしていた。
わたしは、彼から距離を置いて玄関から出たすぐの場所でその様子を見ていた。わたしは、ぎこちなく対応する彼の姿がいじらしくも誇らしくもあり、気づけば一人で笑顔になっていた。
「
「んいやいや、思い出し笑いだよ」
入学式の時にちょっと話をして知り合いになった同じクラスの子から、急に話しかけられて我に返る。彼女は不審げな顔をして「そうなんだ、じゃこれからよろしくねー」と言って校門へ向かっていった。
天狗坂君は、周りの人の対応に必死でわたしに気づく様子がない。だけどそれでいいんだ。彼はきっとこれからサッカーで大きな活躍をして、わたしよりもはるか遠くの知らない世界で生きていく人。彼が取り囲みに対応している姿は、将来サッカーで世界的に活躍している彼を見ているようで嬉しかった。
この瞬間を写真に撮りたく、わたしはポケットからスマホを取り出す。そして彼に焦点が合ったところでボタンを押そうと思った。だけどその瞬間、突風が吹きわたしの長い髪が視界を塞いだ。
しばらく風が吹き、ようやく収まって前を向くと、天狗坂君が依然として取り囲まれながらも、わたしに向かって手を振って微笑んでいた。そして目が合うと駆け足でこちらの方までやってきて、こう言った。
「美彩ここにいたんだ。それじゃ帰ろうか」
「まだあの人たちの対応終わってないんじゃないの? わたしここで待ってるから、続きやってきなよ」
「別にいいんだよ。これから彼らと同じ学校で生活していくんだし。それにしても俺そんなに周りから認知されてたんだね。びっくりして頭が真っ白になっちゃったよ」
そして彼は「じゃ行こ」とわたしの手を取り、わたしたちは校門を後にした。駅まで向かう道は、春らしく桜の花が咲き誇っていた。それを見ながら天狗坂君が言う。
「いやぁスポーツ選抜のクラス、さすがはスポーツ強豪校だけあってとんでもない人ばっかりだよ。俺やっていけんのかなぁ」
わたしとしては、そんなこと言わないでもっと彼には自分に自信を持ってほしい。中学サッカーで圧倒的な活躍を見せてきたじゃないか。だからあんなに同級生から取り囲まれていたんじゃないか。君は将来わたし以外の多くの人にとって、希望の存在になっていくんだ。
「天狗坂君なら大丈夫だよ。少なくともわたしは、君が同級生の中で一番将来有望だと思っている」
「そうかなぁ」
「そういえば天狗坂君もうちょっとで誕生日でしょ。何かお祝いしてあげるよ」
「いやいいよそんなの。俺誰かから祝われるの得意じゃないからさ」
天狗坂君を見ると、顔から緊張が解けいつもの彼らしい笑顔に戻っていた。いつまでもこの笑顔を見ていたい。ずっと彼の今後をそばで見守っていたい。
だけどそれは叶わない夢だ。わたしは、一年後にはこの世界から消えているのだから。
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