第5話 ゲーム世界の仕組み(2)

 後半が始まって、俺たちはまたピッチの隅っこに行った。怠慢な体の男は、俺の顔をじっと見つめてこう言ってきた。



「なんかお前、俺が予想していた人物像と違いすぎるんだよなぁ」


「というと?」


「俺は、お前がレッドカードをレジェンド級に貰いまくって、それでクラブを退団させられたのを知っている。一応サッカーオタクなんでね。てっきり俺は、お前がプライベートでも高慢で自己中心的なんだと思ってたよ。だけど違うんだな」


 あぁそういうことか、と俺は合点する。試合でしか俺を見ない人間にとっては、俺がまさかこんなにおどおどした人間とは思わないだろう。俺はただただ気が小さいだけなのだ。


「そうなんですよ。ピッチに立つとアドレナリンが出るというか、思考回路が変わるというか。こんな人間で申し訳ありません」


 男は、ふと笑った後「別にいいんじゃないか」とボソッとつぶやいた。そしてすぐにこれまでの調子でこの世界の仕組みについて話し始めた。


「現実世界の時間換算で、ゲームの試合の時間は10分に設定されている。だからゲーム内では、9倍の速さで時間が進むということだ。そして引退が近づくにつれ、うまいことに能力も落ちるようになっている。だから俺も全盛期と比べたら、だいぶ能力が落ちているんだ」


 能力が落ちてもあんな凄まじいシュートを打てるなら、全盛期はどんなシュートを放っていたのだろうか。


「だからお前がもしサッカー選手に戻りたいと思うなら、どのタイミングでこのゲームをプレイするのかしっかり考えるんだ。人生を逆転させる機会は、滅多にやってこない。だが、お前は今それを手にしようとしている。決してこれを逃すな」



 そう言った後、彼は少年のような無邪気な笑顔を初めて見せた。何の裏表もなく、俺の将来を期待してくれているような笑顔だ。俺は彼のことについても、そしてこれからの俺のことについてもまだ全然わからない。



「そういえばあなたの名前を教えていただけませんか?」


「おっとまだ教えてなかったな。俺はリョウだ。現実世界ではバイトをしながら適当に刹那的に生きてるよ」


「リョウさんは、能力を獲得して現実世界で何かをやり遂げたいとか、そういう思いはなかったんですか?」


「俺は、まぁそういうのできる人間じゃないんだよ。悪いね、俺が教えられるのはゲーム世界だけのことだ。現実世界での能力の使い方は、自分自身で考えてくれ」



 リョウはそう言って、「はは!」と大げさに笑って見せた。まるで自分自身を嘲るようだった。もっと彼と話をして、ゲームと現実のつながりについてや、リョウ自身のことについて聞いてみたかったが、電光掲示板の時間を見るとすでに後半40分になっていた。



「まっ、これから頑張れよ。お前と会って話せてよかった。いつかまた会えるといいな。じゃあな応援してる、天狗坂選手!」



 リョウは、そう言って後ろを向いて右手を振りながら俺の前から離れた。彼の姿がどんどん小さくなっていくのをじっと見ていたら、「ピッピッピー!」と審判がホイッスルを鳴らした。試合終了だ。



 試合終了後、俺の前には現在の経験値が表示されたホログラムが現れた。それを見ると、今回の試合ではパワーが少し上がったくらいで、それ以外は変動がなかったようだ。リョウと話さずにちゃんとプレイをしていれば、もっと色々と上がったのだろうか。様々な能力がありすぎてよくわからないが、【主要能力】と書かれた6つのスキルは以下のようになっていた。


パワー 10+2(G)

スピード 7(G)

スタミナ 23(F)

シュート力 10(G)

瞬発力 2(G)

ドリブル力 15(G)


 能力が上がるにつれて、括弧内のランクが上がるようだ。それにしても「瞬発力2」は、俺がどんくさいと言われているようで、なんか悔しい。


 そして「家に戻る」と「このまま続ける」の選択画面が現れた。これが先ほどリョウから説明された、現実世界に戻るための画面なのだろう。俺は、「家に戻る」をタッチする。そうするとまた急に、視界が眩い光に包まれた。目を開けていられないほどの光だ。



 目を開けると、見慣れた家賃二万の四畳半ワンルームの家にいた。現実世界に戻ってきたのだ。モニターを見ると、ゲーム開始画面になっている。もしこれで開始をすれば、俺はまたあの世界に飛び込むことになるのだろうか。やってみたい気持ちがあるが、とりあえず落ち着く時間が必要だ。


 しんと静まった部屋にいると、先ほどまでのけたたましい歓声が嘘のように感じる。精神が追い詰められて幻覚を見たのかと思ったが、そうは感じられないほどの質感があの世界ではあった。


 リョウの「人生を逆転させる」という言葉が、耳に残っている。このままではわずか21歳で、自らの夢を諦めなければならない。まだ体は動く。むしろ体力の全盛期はこれからのはずだ。


 あれこれ自分の未来を考えていたら、思い出さないようにしていたあの子、鷹見美彩たかみみさのことがふと頭に浮かんだ。俺は立ち上がって、棚の引き出しから写真を取り出した。写真好きだった彼女から贈られた写真。その写真の裏には「サッカーW杯優勝をしてね!」という言葉が書かれている。俺はこの言葉に突き動かされて、プロサッカー選手になったのだ。


 自分の未来がどうなるかなんて、わかるはずがない。しかし、まだ諦めるわけにはいかない。今俺ができるのは、リョウの言葉を信じることだ。ゲーム世界で能力を上げて、圧倒的能力で一人で成り上がっていくのだ。


 俺はモニターの前に行って、コントローラーのボタンを押した。そして光に包まれる。


 光に目を閉じながら俺は思う。美彩が今の自分を見たら、何と言うだろうか、と。俺にはそんなこともはやわからないが、彼女がもしそばにいるのなら、こう言ってほしい。


—天狗坂君ならきっと大丈夫だよ、と。


 

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