第4話 ゲーム世界の仕組み(1)

 怠慢極まりない体の男に呼ばれ、俺は彼のもとへと駆け寄った。「じっくり話したいから隅っこに行こうぜ」と男が言うので、それに従うことにする。



「あなたは何者なんです? あのロングシュートは現実世界ではありえないレベルのものだった。あなたもゲームの作り物なんですか? そしたら俺も作り物ということですか?」


 彼に聞きたいことが山ほどあった。しかし、どう質問すればいいかわからなかったので、とりあえず頭に出てきた疑問をそのまま口にすることにした。


「おいおい待て待て、そんな疑問形を連続させるなよ。ちゃんと答えるからさ」



 俺たち二人が立ち止まっている中でもゲームは進行し、歓声も上がったり下がったりを繰り返した。


 男の身長はだいたい170センチくらいだろう。遠くから見ると老けて見えたが、近くで見ると意外と肌につやがあり、優しそうな眼をしていた。



「俺もお前と同じく現実世界の住人さ。そしてお前もそうだと思うが、『ゴールデンプレイヤー』をプレイしていた時、突如テレビ画面が光に包まれた。それからゲームの世界に入ったり出たりを繰り返して、今に至るというわけだ」


「いつでも現実に戻ることが出来るんですね」


「いつでもではない。とりあえず話を遮らず俺の話を聞いてくれ」


「すみません」



 俺としては相槌を打ったつもりだったが、彼に注意され少し凹んだ。彼は、ニヤニヤしながら早口で話を進める。地元の鉄オタの友人が、俺の反応も見ずに嬉々として鉄道の魅力を語っていたのを思い出す。



「このゲームは、キャリアスタートから引退までを仮想体験するものだ。そして当然だがゲーム内では現実世界よりも、圧倒的スピードで時間が経過する。ほら電光掲示板見てみろよ」


 体感的には2、3分しか経っていないような気がするが、実際には前半30分を過ぎたところだった。「え!?」と驚愕の表情で彼にリアクションしたところ、こくりと満足げに頷きを返してきた。


「まぁ安心しろ。ゲームをプレイしなければ、ゲーム内の時間経過は停止する。俺がこのゲームに出会って現実にはまだ2カ月だが、ゲーム世界に入り浸ったおかげでゲーム内ではすでに20年が経っている。もうじき引退というわけだ」



 そこまで話し終えた後、彼は「ここまで質問はないか」と俺に聞いてきた。うーん、と俺は首をひねる。自分自身の感情が、現実とつながっていることへの安堵や、ゲーム世界という特殊な環境への興味、果たして生きて帰れるのかという不安でいろいろと入り混じっていて、よくわからなくなっている。



「本当に元の世界に帰れるんですよね?」


「ああ、試合が終わった後に選択画面が現れるから、そこで戻るのを選択すればいい」


「わかりました」



 そこで「ピッピー!」というホイッスルとともに、前半が終了した。選手たちは、みなロッカールームへと一斉に向かっていく。


「ついていかなくていいんですか?」


「ああこのまま残っていても、少し待っていればまたあいつらが勝手に戻ってきて後半がスタートするからな」


「それにしてもあのシュートすごかったです。どうやったらあんな風に蹴れるんですか?」


「ゲームで地道に能力あげた結果だよ。羨ましいだろ。まぁお前も少ししたらあんなのすぐ蹴れるようになるだろうが」



 そこまで言い終えた後、彼はニヤニヤを通り越してクックッと声をあげて笑い始めた。そして「面白いことを聞きたいか」と勿体ぶったことを言ってきた。俺は、黙ってうんと頷く。彼は、ごくりと唾をのんだ後、若干顔を興奮で引きつらせながら口を開いた。



「驚くことなかれ。ゲーム内で獲得した能力は、現実世界とリンクをしている」



 言われた意味がよくわからなかった。ん、てことはどういうことだ? 俺がゲームで頑張れば、男が見せたあの目が覚めるようなシュートを現実のピッチ上でも蹴れるようになる、ということか?



「このゲームでは、試合の貢献度によって様々な能力が上がる。まあゴールやボール奪取をいかに多くできたか、ということだ。あと能力で分かりやすいのは、パワーとかスピードだな。能力の伸び方は、プレイヤーごとに異なるだろうが、俺はパワーがアップしやすかった」


 そう言って彼は腕を曲げて力こぶを作ろうとしたが、ぷよぷよの肉で全く筋肉が分からない。これのどこにパワーがあるというのだろう。


「そしたらな、現実世界でも力がみなぎってきた。だんだん重い荷物を持てるようになったんだよ。あと油断して石ころを蹴ろうものなら、ものすごいスピードで飛んで行っちまう。だから力を出さないように気を引き締めて生活しないといけないんだ」


「ちょっと待ってください。超人的過ぎますよ。ゲームを地道に進めてそうなれるなら、みんなこのゲームを買っているじゃないですか」


「おっ食いついてくれたな。俺もそう思ったよ。だからバイト仲間にも今の事情を隠してこのゲームをやらせてみた。だが、何も起こらなかった。試合をただ進めるだけの、ただただ退屈なゲームさ。一人でいる時だけ、この世界に入ることが出来るんだ」


 

 彼は一呼吸開けて、人差し指を俺に向けて話を続ける。



「つまり俺たちは選ばれた人間なのだよ。そして俺は、この世界でお前と以外、現実世界の住民に出会ったことはない」


「それってつまり……」


「つまり、何だ」


「サッカー界のレジェンドになれるかもしれないってことですか」


 彼は、優しげに俺に微笑んだ後、「もうすぐ後半始まるぜ」と言った。気づけば選手が両エンドに分かれている。今度のキックオフを務めるのは、彼のようだ。


 「ピー!」と笛が鳴らされた後、彼はすぐにボールを蹴った。そしてニヤニヤ顔を浮かべながら俺のもとへとやってくる。まだ出会ってから現実世界の時間換算だと5、6分しか経っていないだろうが、彼のニヤニヤ顔が愛おしく思えてきた。

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