第3話 新たな世界のキックオフ
眩い光にしばらく目を閉じていると、急にざわざわと音がし始めた。馴染みのある音。そうだ、これはサポーターの声援だ。
目を開くと、俺はセンターサークルの中心で、目の前にボールがあった。すぐ隣には、俺と同じ青のユニフォームを着た男がいる。そしてあたりを見渡すと、大規模のスタジアムに空席が全く見当たらないほどの観客がひしめき合い、ざわざわと声を上げている。そして視線はすべて俺に注がれていた。
今までこんな環境のピッチに立ったことはないが、少なくとも6、7万人以上の観客がいるのではないか。この景色は壮観だ。1部リーグの
こんな観客数を見るのは、海外サッカーの強豪クラブの試合を見る時くらいだ。俺のお気に入りのドイツのクラブ、バイエルンミュンヘンのホーム「アリアンツ・アレーナ」の、空席が全く見当たらないほどびっしりに入った観客の姿を想起させられる。
こういうのが夢だった。今まで大勢の観客の視線がすべて俺に注がれるのを妄想しては、興奮で鳥肌が立つということを小さいときから繰り返していた。しかし、その夢から自分だけが取り残されているような気がしてならなかった。そんな切実な願いが神様に届いて、俺は生まれ変わったのだろうか?
「おーいボール蹴らないのかー」
感傷に浸って泣きそうになっていたところに、急に男の低い声が聞こえた。声の主を探る。主は長髪を後ろに結び、腹がこんもりと出ただらしない体の、無精ひげで眼鏡をかけた男だった。赤のユニフォームを着ているから、相手チームということだろう。彼は、髪を揺らしながら俺に向かって手を振っていた。それにしてもサッカー選手には似ても似つかない、怠慢極まりない体だ。
「あのすみません、今はどういう状況ですか?」
色々聞きたいことはあるが、とりあえずは状況把握をしないといけない。
「お前まだ気づいてないのかよ。横にいる人間をよく見てみろよ。何かがおかしいだろうよ」
彼に言われ、じっくり観察すると、確かにかなりおかしい。
「やっと気づいたみたいだな。俺とお前以外、薄ら笑いを浮かべたまま表情に変化が全くないんだよ。現実だとありえないよな」
「それってつまり……」
これはまさに、眩い光の中聞こえたあの子の言葉の通り……
「そうさ、俺たちはサッカーゲームの世界にいるんだよ」
思った通りだった。信じられないが、俺は今、あの子がかつて憧れていた、ゲームの世界にいるのだ。開いた口が塞がらないでいると、男は手を頭の後ろで組んで、話を続けた。
「お前と俺以外は、全部プログラムされた作り物の人間さ。ボールを蹴れば、キックオフしてゲームがスタートする。とりあえずキックオフだけしてしまおうぜ。早くプレイしないと、ペナルティとしてお前の能力値が下げられてしまうからさ」
俺は言われるがままに、ボールを隣に立つ味方に向けて蹴る。観客が再びざわめきだす。キックオフだ。
「とりあえず動こうぜ。お前が主人公のゲームが、今スタートしたんだ」
正体不明の彼の後ろにとりあえずついていくことにした。彼は、俺の味方のボールを奪取しようと、怠慢な体からは考えられないほどのスピードで走っている。
「お前天狗坂だろ? 元サッカー選手として、俺の後ろにいるんじゃなくて、本当の実力を見せてくれよ」
男は、俺の味方からボールを奪取した後、腹を揺らしながらハーフウェイライン付近からいきなりロングシュートを放った。蹴られたボールは、一瞬にして視界から消えた。そしてすぐに割れんばかりの歓声が沸き起こったのち、会場アナウンスが流れた。
—ゴーーーール!!!
いつの間にかボールは自陣のゴールに突き刺さっている。こんなシュートは見たことがない。まさに反則級だ。
男のもとに相手チームの選手が薄ら笑いを浮かべたまま、寄り添ってきた。男は、特に喜ぶ風でもなく、仲間に対して何のリアクションもとらなかった。仲間は喜びを表さない男に対して、何を言うでもなくキックオフに向けてすぐに自分の持ち場へ機械的に帰っていった。
—ピー!
ホイッスルが鳴る。センターマークにボールは既に置かれているが、俺の味方はそれを蹴る様子がない。つまり俺が蹴らないといけないということだろう。
早くプレイしないと男曰くペナルティを課されるらしいから、俺はダッシュでピッチの中心へと向かった。
そして俺はさっきと同じように、隣の味方へトンとパスをする。歓声が一斉に沸き起こる。「おーい」と声がして男の方を見ると、俺に向かって手招きをしている。
「この世界の仕組みについて教えるからこっちに来てくれ」
男は、ニヤニヤと笑いながら手招きを続けている。やはりどう見ても、この男があの閃光のようなシュートを打ち放った人間とは信じることが出来なかった。
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