第2話 輝かしい過去と現在
家電量販店を出ると、いつの間にか外は小雨が降り、暗くなっていた。傘は持ってきていなかったから、近くにある公園の東屋で雨宿りをすることにした。公園内に人はおらず、しんとしている。聞こえるのは、自分の呼吸音だけだ。
ベンチに座って目を閉じていると、なぜこうなってしまったのか、という疑問や自分に対する怒りの感情が不意に頭の中で芽生えた。
小学1年から始まった俺のサッカー人生は、誰が見ても高校生までは順風満帆だった。高校1年にあの件があって、サッカーから逃げた時期があったから、その時期を除いてではあるが。
幼いころから恵まれた体格を持っていた。父と母はいたって普通の体格だから、俺は突然変異的に生まれたのかもしれない。中学に入るころには身長がすでに180センチを超えており、周りからは「巨大な天狗」といった意味不明なあだ名がつけられていた。ずっとフォワードとしてプレイして、小さい頃は数えきれないほどのゴールを決めてきた。
俺の名を全国に知れ渡らせたのは、中学3年の時の全国大会だ。その大会では、俺の学校は公立中学でありながら、俺が毎試合ハットトリックを決めたことで、全国大会を優勝することが出来たのだ。地元ニュースや新聞で取り上げられ、SNSでも話題になり、学校では一番の有名人となった。その活躍があり、俺は冬の高校サッカー常連の強豪高校に入学をした。その頃の俺は、将来自分は海外の名門クラブでプレイして、毎年何億という金を貰っているに違いないと、信じて疑っていなかった。まさに天狗になっていたのだ。
高校2年になってから再度本格的にサッカーに取り組むようになる。そして2年と3年の時には、インターハイと冬の高校サッカーともに2年連続で優勝するという快挙を成し遂げた。それがスカウトの目に留まり、俺は高校3年在学中に、地元の1部リーグのクラブ『
しかし、ここで俺の快進撃は早くもストップしてしまう。プロの世界は甘くなかった。俺は入団当初からスタメン入りが期待されていたものの、俺より6つ上で日本代表経験がある背番号9、
思うようにいかない日々が続く中、ピッチに立つと取りつかれたようにある思いが沸き立つようになり、消そうと思っても消せなくなっていった。
—もっと相手を踏み倒せ。こんなところでグズグズしないで、もっと遠くへ!
それ以降俺はピッチに立つと人格が豹変し、試合中些細なことで怒り狂いレッドカードを貰うようになった。その結果二つのクラブで続けて契約解除を言い渡されたのだ。
今までのサッカー人生を振り返っていると、いつの間にか雨は止んで少し明るくなっていた。四畳半ワンルームの自宅へ向け歩みを進めることにする。
自宅に帰ると、これまでの緊張が一気に解けて全身に力が入らなくなった。思わずごろんと玄関で倒れこんでしまう。
その時声が聞こえた。あの子の声だ。
—天狗坂君は、私の知らないところで生きていくんだね
あの子が横で下を向いて笑いながら、伝えてきた言葉。時折こうしてあの子の声が聞こえる。これは5年くらいずっと続いていることだ。一種の幻聴なのだろうか。
彼女からそう伝えられた時、俺は笑い返して「そうかなぁ」と、否定もせず肯定もしなかった。俺は彼女にそう言われて満更でもなかった。彼女が、俺の能力を称賛してくれていると思ったのだ。天狗坂はきっと、サッカーでとんでもない活躍をするのだろう、と。しかし、もし今彼女が隣にいるなら、俺はこう言うだろう。
—俺は君の知る世界でしか生きていないよ
時間が経ってようやく力が戻ってきたから、暇つぶしに新しく買ったゲームソフト『ゴールデンプレイヤー』をプレイすることにした。あまり詳しくは説明書を読んでいないが、どうやら自分で作成したサッカー選手のデビューから引退までを、試合のプレイ操作等を通じて仮想体験するというゲームらしい。
スタート画面の後、選手作成画面に移った。あまり思い浮かぶものもなかったので、とりあえず俺の情報を入れてみる。
国籍 日本
名前 天狗坂 勇人(てんぐざか はやと)
年齢 21歳
身長 202センチ
体重 106キロ
所属クラブ 神鳩イレブン
これらの情報を入力後、髪型や目、鼻の特徴などの選択をした。所属クラブの名称は、自由に作成できたから、思い入れのある「神鳩イレブン」にした。そして難易度選択画面になり、初級者、中級者、上級者の難易度があったから、俺は迷わず初級者を選択する。これで初期設定は完了となった。
若干の読み込み時間の後、現在のステータスを確認する画面に移った。ステータスは、パワーやスピードといった基本的なものもあれば、戦術理解度といった細かいものまである。あまり詳しく見ていないが、最初だから能力は低く抑えられているようだ。
OKボタンを押すと、いきなり舞台はサッカースタジアムへと移り変わった。両エンドにそれぞれのチームの選手がいて、試合開始を待つ。しかし、数十秒待ってもホイッスルが鳴らされない。
俺は「何だ?」と疑問に思い、コントローラーのボタンを色々と押してみた。いきなりバグが発生したのか、そう思い始めたときだった。突如として、モニターがピカピカと神々しい光に覆われたのだ。
「さあ、あなたの出番です。ここから成長して世界一のプレイヤーになりましょう!」
そう女声の機械音声が聞こえた。俺の手は、輝くモニターの方へ勝手に向かっていく。それはピッチに立っているときと同じく、押さえることのできない衝動によるものだった。
そして視界が光に覆われる中、あの子の声がまた聞こえた。
—私はゲームの世界に入ってみたい。だってそこには、絶望がないはずでしょ?
それは今にも泣きそうで震えた声だった。
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