レッドカード歴代最多記録の俺は、どん底からチート能力を得て、サッカーW杯を優勝する
田中ピノ吉
第1話 サッカー選手からの転落
レッドカードを提示されること、それはサッカープレイヤーとって試合中最も避けなければならないことである。
もしそれを提示された場合、対象の選手は速やかにピッチから退場することを求められる。サッカーは、1人1人に重要な役割が与えられているため、そのカードによりメンバーを欠いたチームは、多くの場合劣勢に立たされる。
それはサッカープレイヤーにとって、基本中の基本だろう。俺も、頭ではそのことを理解しているつもりだ。
しかし、俺は今まさにレッドカードに相当する行為をしようとしている。なぜか?
それはボールボーイの少年が、タッチラインを割ったボールを俺が拾おうとしたところ、それを後ろに放り投げたからだ。つまり彼は、俺のプレイを妨害したということだ。
俺は、汚いやり方が大嫌いだ。サッカーの試合は、妥協せずにお互いが今までの練習の成果をぶつける勝負の場だ。少年が行ったことは、誰が見ても勝負を興ざめさせるものだ。たとえ子供であれ、俺は少年の行為を決して許すことはできない。
「おいクソガキィィ! 今俺に何しやがった!? てめぇ舐めてんじゃねえぞコラァァ!」
俺は、パイプ椅子に座っている少年の胸ぐらを掴み、起立させる。そしてデコとデコを合わせて、少年を威嚇する。
—(観客1)
—(観客2)少年相手にやるとは、名前の通り天狗になってんだろ(笑)
喧しい人間の声が耳に入ってくるが、構わず威嚇を続ける。少年は、「ごめんなさい」と泣き始めたが、俺は止める訳がない。退場は約束されたものだ。突き詰めるところまで突き詰めてやるのだ。
「ピーッピーッピーッ! 今すぐボールボーイから離れなさい! 君大丈夫かい、怪我はない? 怖い思いしたなぁ、もう大丈夫だから」
主審が笛を何度も吹いて、俺たちのもとへやってきてそう言った。そこでようやく俺は、少年から距離をとった。この後の展開は、もうわかっている。何度も経験してきたからだ。
主審は、自らのズボンのポケットにゴソゴソと手を入れる。ポケットからアレを出すのに時間がかかっている。こういうときは、手間取らずにサッと速やかに出してほしいものだ。
「天狗坂選手、レッドカードです。今すぐ退場してください!」
—(実況)おーっと、背番号9の天狗坂にレッドカードッ! 今季何枚レッドカードを貰っているかわからない男、天狗坂。今日もいつも通り退場だー!
目の前で赤い紙が提示された。速やかな退場を命じる紙だ。俺は、何も間違ったことをしていない。しかし、ここで反抗しても無駄であることは理解している。俺は、「なんでだよ?」というポーズを一応取った後、ダッシュでピッチを出た。
「まったく君って奴は懲りない奴だねぇ……」
「すみません、僕ピッチに立つとつい熱くなってしまって」
俺は、ピッチを少し振り返った後、俯きながらロッカールームへ向かった。そしてこの試合が、三部リーグのクラブである、『
少年との一件があってから、その悪質性により俺には三試合の出場停止処分と罰金処分が下された。冷静に考えれば、至極真っ当な処分だろう。そしてこのレッドカードは、今シーズンで13枚目であり、1シーズンでダントツの歴代最多記録を更新した。そして13枚のうち12枚は、俺が暴言や乱闘騒ぎを起こしたことによるものだ。
俺はその後試合に出ることなくシーズンを終えた。そしてまもなくクラブの代表取締役から直々に電話がかかってきた。
「君に伝えたいことがあるから、明日の朝本社まで来てくれ」
「わかりました、伺わせていただきます」
嫌な予感がした。前回一部リーグのクラブである、『
電車を乗り継いで、
本社へ着き、職員が俺を応接室へと案内する。応接室のドアを開けると、そこには狐山監督とクラブの代表取締役が向かい合って座っていた。
「わざわざ来てくれてどうもありがとう。さあここに座って」
取締役が監督の横の席を指さす。
「失礼いたします」
俺は震える声でそう言う。身長2メートル、体重100キロ越えの巨漢なのに、おどおどして情けないな、と自分自身で思う。
頭頂部が剥げていて老眼鏡をかけている取締役は、俺が座ったのを見ると、今まで浮かべていた笑みを消した。横に座っている、日に焼けた肌で引き締まった体の短髪の監督を見ると、いつもと違って頼りなく手を握り締めて俯いていた。
「君に伝えたいことを率直に言うと、君との契約を打ち切らせてほしいということだ。その理由は、君もわかるだろう?」
「レッドカードですか」
「そう! 君レッドカードを貰いすぎだよ。いくら恵まれた体を持っていても、出るたび退場になるのでは、まったく意味をなさない。プロ選手にとって一番重要なのは、精神力だと私は思う。それを君は何一つ持っていない。プロ失格だと思うよ」
厳しい言葉に俺は不覚にも泣きそうになる。ピッチでの荒れ狂う馬のような心を抑えられないのは、確かにプロ失格だと言わざるを得ない。
「待ってください。仰る通り天狗坂は、精神力の鍛錬が未熟です。しかし、この体つきを見てください。こいつが爆発したら、世界で戦える選手になるんです。俺はその片鱗を高校サッカーの時から見てるし、今でも練習中に見せることがあるんですよ。だからあと1年待ってくれませんか?」
取締役は、監督を睨みつけた後、舌打ちを聞こえるようにあからさまにした。監督がそこまで俺を庇ってくれるなんて……。ついに俺は涙が出てしまった。その俺の姿を見て、取締役はため息をついた後、また舌打ちをした。
「監督は黙っててください。あなたが是非取ってくれと言うから、天狗坂さんを獲得しましたけど、レッドカード以外何一つ成績残してないんです。フォワードなのにゴールがゼロですよ。私は、天狗坂さんに聞いているんです。どうですか天狗坂さん、もうここから離れてもらえませんか?」
ハンカチで涙を拭き、取締役をまっすぐ見つめる。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。責任取って退団させていただきます」
「天狗坂くんッ! まだだ、まだ諦めるな!」
監督は俺の肩を揺すり、再考するよう促している。俺の能力をそこまで認めてくれるのは、監督ぐらいしかいない。監督には本当にお世話になった。だが、『神鳩イレブン』は選手・サポーターみんなのためのクラブだ。決してわがままを言ってはならない。
取締役は、応接室に入ってきたときに貼り付けていた笑顔を貼りなおし、うんうんと頷いた。
「理解が早くて助かりますよ、本当に。それではこちらの書類にサインをお願いします」
今まではタメ口で取締役から話しかけられていたが、いつの間にか敬語になっていた。もうあなたはこのクラブの人間ではないですよ、ということか。
契約解除の書類にサインして本社から出た帰り道、頭を整理したくてドーナツショップに入った。新発売のマシュマロドーナツと、カフェオレを頼む。ドーナツはとても甘かった。
夢はもうここまでか。一度道を外れると、元の道に戻ることはほぼ不可能。芸能界から干された芸能人が、再びテレビに出ることと同じくらい難しいことだ。前回『鬼鹿ブラックス』をクビになった時もそう思った。その時に『神鳩イレブン』に俺を呼んで救ってくれたのが、狐山監督だったのだ。
しかし、狐山監督なき今、もう残された道はないように思われる。ただそれでも、奇跡は起こるかもしれない。願えば叶う、母に子供の時教えてもらったことだ。夢の実現を願う気持ちは、誰にも負けないはずだ。あの時、あの子と約束したから、俺は何としてでも叶えないといけないんだ。
そうだ、あと1週間待ってみよう。そして何のオファーもなければ、その時に考えよう。夢を諦めて会社に勤めて生き続けていくのか、それとも日本代表でW杯を優勝するという夢を追う、茨の道を歩むのかを。
ドーナツとカフェオレを平らげた後、とりあえず1週間暇だなと思い、家電量販店のゲームソフト売り場を覗いた。PS5のサッカーゲーム『ゴールデンプレイヤー』というのが安く売られていた。「さあ今度は君がレジェンドになる番だ!」というキャッチコピーがつけられていた。その文言が気に入ったから、俺はそれを買ってみることにした。
その時俺は知らなかった。このゲームが俺の人生にとって計り知れないほどの影響を与えることになる、ということに……。
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