陽成院妖物事(やうぜいゐんのばけもののこと)・中
「そちは鬼だな?」
平安の
「あ、あのこれっ……ただのコブなんです瘤。今から千年ほど先の世で幼児の罹る病気によって、生命維持に支障ありませんが美容整形扱いなので高額医療になってしまう。養育されたのが平均よりやや低所得でしたから、そのままになっているだけで……」とってつけた作り話だが、中世の貴族男性は神妙な顔で聴いてくれる。騙すことになって胸が痛い。
「異国の律令制に朕はあまり詳しくない。だが、そうか鬼と呼ばれ、時に成敗された者どもは病の身であったのか?」
游は首をかしげた。身体に支障のあった人もいたかもしれないが、経済的に行き詰まり盗みや殺人を犯したり、女性や小児へ暴行をはたらいた人でなしもいたに違いない。。
生物学的「鬼」である彼は、人類史の「鬼」の分類にはたと困ってしまう。
それでも、相手は千年を超える時間変化についてあれこれ悩まず「異世界のこと」にして
しかも感情移入してくれる。
「虐げられてきたのではないか? 病による
「いえいえ、
「うむ、気丈のことじゃ。優しげな顔立ちだが、やはり鬼とは強かなものだ」
結局「鬼」という認識から一歩も動いていないが……それはもう仕方ない。
「お話ぶりから察しますに、(一人称「朕」とくれば、最高位の人物しかあり得ない)あなた様こそ、ミヤコで最も尊いミカドその人ではありませんか?」
「朕は今上帝ではない。しかし今上は朕の臣下であるべき者、内裏におさまるやつより尊いのは
天川游は記憶をかき回していた、日本史は専門でないが歴代天皇でこういう関係性があったはず、どこかに。そうだ思い出したぞ、あのへんだ。
「間違ってたらごめんなさい、ですが……。あなたは稚い頃帝位に就かれたが、歴代稀にみる速さで退位された陽成天皇でしょうか? そのあなたが臣下と呼ぶのは宇多天皇――」ということは(注二、西暦900年あたりで間違いないだろう、1100年とちょっとタイムスリップを起こしたようだ。
「その通りだ。鬼の行者よ、ようやく
(自分に都合の良いキャラクターに落としこんでいる。そっちで都合が良ければそのままGOだ)
「ははあ……上皇陛下が柔軟な思考を持たれ、逆に偏見は持たれていないと分かって安心しています。でも想像力がけっこう逞しい方ですね?」
「想像力が逞しい? はじめて言われたが、宮中では変わりもの扱いだった。そういうことにしておけば伯父の基経に都合が良いからだ。稚ない朕は乱暴な振る舞いが多かったかもしれぬ。だが乳兄弟殺しやら神器を弄んだなど、謂れなき罪を着せられ廃位された……伯父のはかりごとに違いない」
「ひどい話ですね。内裏とは伏魔殿のようなところなんですね」
「まあ、神璽の
(結局、やってるのか!)内心呆れたが、游は胸のうちにとどめておいた。時間偏移でたまたま迷い込んだ平安の
「鬼だけあってそなたは余人の思いもつかぬ語りをする。どこまでが真の話か知らぬが愉快じゃ。朕も物語絵巻に
「(源氏物語はもっとずっとあとだ。土佐日記なら陽成上皇存命中に著されたはず。この方って歴代天皇でも上位に入る長寿なのだ、たしか)すばらしい切り替えの仕方だと思います。面白い話を聴く、興じる、集める、自ら創作に手を染めてみるのも、私の世界で精神療法のひとつに考慮されています」
「そう褒められると気分がよい」
(いや、褒めたわけじゃない……可能性を示唆しただけ。創作全般が精神療法になるわけじゃない)精神分析の専門家は危惧してしまう。
「ひとつ思いついた物語がある、これも基経の
これに警護を増やし武官にすぐれた者を登用し、朕自ら太刀や弓を携えてきたが
「全員、あっさり逃げましたね」
それまで威風堂々としていた上皇が少ししおたれる。
「警護には憤りをおぼえた、落胆もした。みな関白・基経の術にかかりおって。この上は――」ぎりりと歯噛みする陽成院から、積年の恨みつらみがうかがえる。
「まことしやか恐るべき物語を朕が著してやろうと思う。邸の大池に美事な釣殿をしつらえてある。あれに宿直する警護役が、夜中に千二百年生きている鬼につかまって殺される話だ、どうだ面白いだろう」
「(ああ、これは俗に言う闇堕ちというやつだ。しかも微妙に私がモチーフになってる)本当に面白いですか、それって?」
「鬼はありきたりか、なら浦島太郎の弟ではどうだ? むくつけき妖物は、邸の主に社を作って祀るよう願い出ろと無理を言いだすが、それを難しとした警護役を、千年生きたる剛力無双で蹴り上げ、三度天井に叩きつけ池に沈めて殺してしまう」
陽成院には創作者に必須の情念というか執念は備わっているようだ。天川游は了解した。だが廃帝の闇堕ちは、良い精神状態とは評価しにくい。
「て、展開は面白いと思います。意表を突くキャラクター造形にも味があるとは思いますよ?」と、心療内科医として慎重になってしまう。
「そうであろう」と陽成院はしごく満足げ。
「釣殿には造形の妙というかロマンがありますね。で、ほら……陛下にはもっとロマンチックなイメージをもたらすものじゃないですか、確か釣殿のみこと言うお方を……」
日本史から古典文学までその海馬を引っ掻きまわし検索しまくり、たどり着いたのだひとりの姫君に。
院ははっと胸を突かれたように、つぶやく。
「釣殿の皇女ひめみこ……
陽成院の歌才を千年先までつたえる"あの歌"に、ここで繋がった。
百人一首にもとられた有名な恋の歌――
後編もあります🙇♀️
(注二・・平安時代前期の天皇系譜で、文徳→清和→陽成の嫡流継承から、光孝→宇多(清和天皇の曾孫)→醍醐へと移っている。
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