第1話 おみくじの精クミと、留守番の天邪鬼
2026年元日の夜。
「あ~あ、ようやく終わりやがった」
言葉とは裏腹に、残念そうな表情を浮かべる天邪鬼を、おみくじの精クミが笑顔で
「天邪鬼さん、お疲れ様でした」
「ふんっ! 別に疲れてねぇしっ!」
「今日も大盛況だったもんね、『アマノジャクジ』」
「全然嬉しかねぇやいっ!」
ものすごく嬉しそうな顔をしてクミの隣で照れているのは、天邪鬼。そう、いつもであれば、毘沙門天の足に踏みつけられて
だが今、天邪鬼のそばに毘沙門天の姿はない。伸び伸びとしているように見える天邪鬼が、実は少し寂しい気持ちも抱いているという事は、クミだけが知っている事。
そんな天邪鬼がなぜ、毘沙門天から離れてクミと一緒にいるかといえば、理由は2025年大晦日の夜に遡る。
忙しそうなクミを気遣ってか、天邪鬼の首根っこを掴んだ毘沙門天が、クミの元へやってきて来てこう言ったのだ。
「クミ。我は所要で出かけねばならぬ。暫くこやつを預かってはくれぬだろうか。こやつの『アマノジャクジ』は評判と聞く。こやつにクミの手伝いでもさせてやってはくれぬか」
毘沙門天に首根っこを掴まれた天邪鬼はジタバタと暴れてはいたものの、どう見てもその顔は嬉しそうにしか見えない。
「誰かやるかっ! 勝手に決めんなっ! オイラ絶対にそんなんやらねぇからなっ!」
その様子を見に、クミはニコリと笑って毘沙門天に答えた。
「ありがとうございます毘沙門天様、承知いたしました! 天邪鬼さんと一緒に精一杯頑張ります!」
そんな訳で天邪鬼は、ちょうど日付が変わって新年となった元日から、クミと共におみくじの担当をすることになったのだった。
もちろん、天邪鬼の担当は『アマノジャクジ』。
『アマノジャクジ』は常設されているおみくじではない。毘沙門天の許しが出た時のみ現れるおみくじだ。
『アマノジャクジ』はそのほとんどが『大大凶』であるが、ごく稀に『大大吉』が出る事もある。
だがどちらにせよ、辛口ながら心に刺さる言葉が書かれているとSNSなどで評判となり、現れた時には長蛇の列ができるほどの人気のおみくじとなっている。
ここは、毘沙門天を祀っている寺。小さいながらも正月ともなればさすがに初詣の人出は多い。
夜も更けて日付も変わろうとしている頃になり、クミと天邪鬼はようやく一息つけた所だった。
もう誰も来ないのかと、残念そうな顔をしてキョロキョロとしている天邪鬼をよそに、クミには気がかりなことがあった。それは、寺の入口付近を行ったり来たりしている1人の人間の姿。その高齢と思われる人間はずっと、クミと天邪鬼の方を
「ねぇ、天邪鬼さん。ちょっとだけ、お留守番をしててもらえる?」
「ふんっ、やなこった!」
その返事を聞くと、クミはにっこり笑って立ち上がる。
「ありがとう、すぐ戻って来るからね、天邪鬼さん!」
「お前っ! 俺の言葉ちゃんと聞いたかっ! 俺はやだって言ったんだぞっ!」
「うん! じゃ、行ってくるね!」
クミが小さく手を振ると、反射的に天邪鬼も小さく手を振り返す。それに気づいた天邪鬼は、ハッとして手を引っ込めた。
「ふんっ、バカっ! クミのバカっ! 当分戻って来るなっ!」
クミは、悪さの限りを尽くしていた頃の天邪鬼の姿を知らない。クミがこの寺に生まれた頃には、天邪鬼は既に毘沙門天の足に踏まれて押さえつけられていたし、クミ自身が天邪鬼に嫌な事をされた事も一度も無い。出会ったばかりの頃は、天邪鬼の本心が分からず、天邪鬼の言葉に深く傷ついた事もあったけれども。
彼の心はいつでも、その言葉の裏側にある。
それを知った今では、クミは天邪鬼が大好きだ。
「『当分戻って来るな』ってことは……早く戻って来いってことだよね。天邪鬼さん、ひとりで寂しいのかな?」
入口付近の人間へと向かいながらも、天邪鬼の事が気になり、クミは後ろを振り返った。案の定、天邪鬼は寂しそうな顔をして大人しく座っている。
「すぐ戻るからね、天邪鬼さん」
そう呟いて、視線を寺の入口へと戻したクミは、思わずそこで足を止めた。
「あれっ?」
そこには、誰の姿も無かったのだ。つい先ほどまでは確かに、高齢と思われる人間が1人いたはずなのに。
「おかしいなぁ……?」
それでも、気がかりだった人間が居なくなった今、持ち場を離れる理由は無くなったと戻ろうとしたクミの足は、再び止まってしまった。
「えっ……天邪鬼さん……?」
つい先ほどまでそこにいたはずの天邪鬼の姿は、どこにも見当たらなかった。
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そこには愛しかない! 平 遊 @taira_yuu
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