第4話


 「出来た」


 感情の抜け落ちた表情でロアはそう呟くと、ニコラスに杖を向け、唱えた。

 

「――【火槍ファイアランス】」


 杖の先端が一瞬チカ……ッと煌めき、

 ――次の瞬間にはニコラスの右肩を直撃していた。


 「ぐっ……!今のは、【火槍ファイアランス】か……?いや、でもこんなに速いわけが」


 混乱するニコラスに、今度は左肩に有り得ない速度の【火槍】が命中する。避けるどころか瞬きをするよりも速く、この火槍はニコラスに直撃した。


 (しかし、貫通はしていないか……威力を限界まで落として速度を最大に上げたのか??いや、それでこんな速さになるわけない)


 いや、それよりも"こいつ"を止めないとな、また【火槍】を俺に撃とうと構えているし。


 「合格だ」

 「――……。」

 「おい、合格だと言っている」

 「あ、はい」


 感情の抜け落ちた目がやっと生気を取り戻したことに、ホッ……とニコラスは安堵の息を吐いた。黒く濁っていた瞳は今は若葉のようにきらきらと光をチラつかせている。


 「お望み通り、お前の冒険者ライセンスは発行してやろう、だが、条件がある」

 「なんでしょうか」

 「一つ目、冒険者ランクがD級からになることを認める。二つ目、C級以上の依頼には必ず同伴者をつける、いいか?」

 「……見かけに寄らず心配性なんですね」


 くすくすと笑い声をあげれば、フイッとそっぽを向かれてしまった。照れ屋さんめ。

 まぁ、冒険者ランクがE級からD級に上げられたのも、周囲の反発への牽制とかを考慮してとかだろうし、C級以上の依頼は同伴者を付けろってものも、C級からは魔法使い単独だと危ないから〜みたいな理由で、お節介とかそういう他意はないんだろうけど。


 「こっちに来い、今からライセンスを発行する」


 別室に通されたロアは、ニコラスと机を挟んで向かい合う形で着席した。


「名前は?」

「ロア……ロア・ラザリア」


 本当は、ロア・ヴァルターという名前だが、ヴァルター家はアレシア皇国では一応名のある名家であるし、伏せておいた方がいいだろう。取り敢えず偽名は、アルベルト陛下のミドルネームを使わせて貰った。


 「出身地は?」

 「辺境にある北の小さな町です」

 「歳は?」

 「十三歳くらい?」

 「ジョブは?」

 「魔法使い」

 「魔力の等級は?」

 「なんですかそれ?」


 魔力に等級があるなんてアレシア皇国では聞いた事がない。この国独自の魔法使いの強さを示す指数なのだろうか。


「魔力の等級は魔力量の大きさで定められている。この測定機に血を垂らし、針の指す目盛りの数値で等級を決める。まぁ、普通の魔法使いなら八十前後だな」

「これが魔力測定器!へぇ〜凄いですね〜」


 見たところ魔石を媒体にした魔道具のようだ。魔力を吸収する魔法と、物質を解析する魔法の魔術式が組み込まれている。血液を媒体に使うのは、魔力を吸収するしやすさからだろう。体外からより体内のものを使った方が取り込みやすい。


 俺の魔力量はどれくらいだろうな〜、全盛期は過ぎたけど魔力量は歳を取れば増えるものだし……。

 あ、でも俺、今子供だった。

 ここで変に目立ったら、ギルドから国に通達されて……保護対象にされるとか……政治の道具にだってなり兼ねないぞ。


 (試しに生身で触れてみるか……?)


 ニコラスがこちらを見ていない隙に、指先を計測機に近付けてみる。

 近づくにつれて針が小刻みに震えだし、ギシギシと計測機の内部から不穏な音が漏れ出る。

 残り五センチ程の、まだ触れてもいないところで、計測機の針は目盛りを振り切ろうとしていた。


 (あ、これ駄目だ)


 多分血を垂らしたら、計測機が一瞬で爆発する未来しか見えない。


 (測定器に垂らす前に、【魔力吸収】で血液中の魔力を吸い取るか)


 指の腹を、ピ……ッと小型のナイフで薄く切り、赤い血を滴らせる。

 一雫が零れるその一瞬を、ロアは見逃さなかった。


(――……【魔力吸収】)


 計測機が耐えられる程の魔力量に微調整をし、ポタリと計測機に赤い血が零れ落ちる。


「百二十か……そこそこだな」


 ニコラスは、一瞬眉を寄せてロアの方を見たが、すぐに書類へと視線を向けた。

 

「等級はどのくらいですか?」

「三級だな、ちょうど真ん中だ」


 そして、金属製のプレートを手渡される。

 ロア、十三歳、魔法使い、と文字が刻まれていた。これが冒険者ライセンスか。


「もうこんな時間か、依頼はやめて宿屋を探した方が無難だな」

「そうですね、色々ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げて、ロアは部屋から出ていく。

 ギルドを出ると、空は夕暮色に染まっており、地平線には日が沈みかけているようであった。


 「ライセンスは作れましたか?」

 「あ、受付嬢の」

 「はい、ミランダです」


 背後から声を掛けられて振り向くと、そこにはニコラスを呼んできてくれた受付嬢の女性がいた。


「おかげさまで作れました」

「それなら良かった、えっと、宿屋をお探しですよね?初心者冒険者におすすめな宿屋があるので紹介しようと思って」


 連れられたのは、こじんまりとしたギルド近くの宿屋だった。

 一泊なんと銅貨一枚、パン一個と変わらない程の安さである。マシューから貰った数日分の金があるとは言え、無駄遣いは出来ない。暫くはこの宿屋を利用することにした。


「思いのほか順調だなぁ」


 ベットに腰掛け、ゴロンと寝返りを打つ。

 数日前まで宮廷暮らしだった身体には少々キツイが野宿よりはマシだろう。


「明日は……なにをしようかな」


 まさか、既に“平凡な魔法使い”などとは誰にも思われていないことなど、

 この時のロアはまだ知らない。





 ーーーー

 (ニコラス視点)



「――あんな子供がいてたまるか」


 ダンッと、ジョッキを打ち付けられ、中身のビールが飛び散る。

 そんなニコラスを宥めるように、数人の冒険者がまぁまぁと苦笑いを浮かべた。


「自称十三歳で、魔術式の融合か……ニコラスの撃たれた光速の【火槍ファイアランス】の話も含め、面白い子ね」

「その歳でそんな高度の事が出来るのか……是非とも魔法省に欲しいなぁ」

「ニコラスさんの剣撃を防御したのでしょう?接近戦が出来るなら師団にも欲しいですわね」


 ニコラスによって集められた魔法使い達は、それぞれの思惑を企てながら楽しそうに談笑し始めた。

 あるものは、弟子に。あるものは、研究に。あるものは戦果を求めて。


 (全く――魔法使いってのは癖のあるものばかりだな)


 そして、そんなニコラスもまた、一人の魔法使いの事を考えていた。


 黒髪に、若葉のようなヘーゼル色の瞳、かつて遠い昔に見た事のある魔法使いの姿を。


「でもそうねぇ、魔法の天才と呼ばれた皇国の魔法使い様なら、生まれた時から魔法が使えたそうよぉ〜名前はたしか〜」

「……軍師ヴァルターだな」

「そうそう〜!」 


 皇国の誇る魔法使い、軍師ヴァルター。

 軍師と呼ばれるのは、かつて少数精鋭のみで魔物の大群に打ち勝ったその指揮官としての手腕から名付けられたらしい。

 その名と成した偉業は遠い異国の地でさえも耳に届く。


「そういえばニコラスは帝国出身だよね、ヴァルターさんを見たことはある?」

「まぁ、何度かは見た。一応王都の騎士団に所属してたしな……一回だけだが護衛もしたことある」

「それで惚れたと」

「惚れてねーよ!ただのファンだよ!」


 そう、ファンだ。

 ニコラスがまだ少年だった頃から、皇国の英雄としてその名を馳せてきた魔法使いヴァルター。


 騎士になって、戦場に出るようにもなり、より身近に英雄の存在を感じるようになってからはますます尊敬の念は増した。

 そして、きっかけはあの出来事。


 『陛下に狼藉を働いた愚か者共め』


 皇帝殺害を企む暗殺者たちを、その無慈悲で正確な魔法が、迷いなく首ごと刈り取った。

 

 残酷だ……しかし、美しくも映った。


 その後、ニコラスは騎士を辞めて冒険者になった。

 もっと強くなりたい、強くなって、誰かを守れるような力をつけたい、と思ったから。


 我武者羅に強さを求めた結果、いつの間にかギルドマスターにまで上り詰めていたが、今はこの地位も悪くないと思っている。

 

 (あの軍師ヴァルター様も、黒髪に若葉色の瞳だったからな……一瞬目を疑った)


 まさか本人な訳がない。

 しかし、頭の中では否定しながらも、完全には切り離せないような違和感が胸に残っていた。

  


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