第5話 瀬山
何を書こう。きしょうの事でも仄めかすか。女郎の誠と玉子の四角はないけれど、一つの嘘が、気が付きゃ百になっている。増えるほどに息が苦しい。これも高貴な武士の血がさせる業だろう。約束なんぞするもんじゃない。古い歌でも書いておきゃ、わかった振りして、わっちに向いた矛先も鈍るだろう。漢詩にすれば尚更よかろう。
昼見世は払いの悪いお屋敷さんにさえ見つからなきゃ、暇に過ごせる。手紙も四通は書けるだろう。格子の外は
おはつが他の禿たちとかるたをしている。わっちの目線に気付いたのか、こっちを向いたが、今日は笑い顔を作らない。慌てて目を逸らしてやがる。おはつは黴の毒のことを知っているのか。おはつが萩屋に来てから、毒で死んだ女郎はいないはずだ。誰かに聞いたのか。知っていたから、あんなに驚いたのか。
それともわっちの顔に赤い斑点ができているんじゃないだろうか。鏡が見たいが、部屋に戻ったら、またふくに叱られる。傍にいる朋輩の藤滝に聞いてみるか。しかしもし顔に赤い斑点があったなら、藤滝に言いふらされるに決まっている。薄暗い行燈部屋に押し込まれて、飢え死ぬのはまっぴらごめんだ。部屋の隅に顔を向けて、早く書いちまおう。みな同じ文で構うまい。
七つになった。朋輩は上がって行くし、新造も禿もみな昼飯に奥に引っ込む。手紙を書き続ける振りをしてやり過ごし、顔を見られないように部屋に上がる。鏡、鏡、息を呑んで鏡を見る。
・・何もないじゃないか。
何処にも斑点などありゃしない。まったく阿呆なことを考えたもんだ。おはつは、かるたに夢中だっただけだろう。黴の毒と決まったわけじゃなし、とんだ取り越し苦労をしちまった。
「おはつ、おはつ。」
「へい、ただいま。」
「便り屋どんに渡しとくれ。」
「あい。」
宛名は違うが中身の同じ四通の手紙をおはつに渡して、一息つく。おはつの様子を訝しがったのは、莫迦な勘違いだった。
この前、貸本屋が熱心に勧めていた
「瀬山さん、お仕度です。」
「入んな。」
ほんの少しうとうとしたか、早蕨の声でこの世に引き戻される。頭の中で雷様が暴れている。頭の痛みのせいか体が思うように動かない。
襖の外から声を掛ける早蕨の様子も変わりはない。おはつも仲の良い早蕨とじゃれながら入って来る。
いつものように早蕨が髪の支度から始める。髪を撫でつけてもらいながら、他愛もない話をよくするが、今日は言葉を発する力が出ない。だるい体を起こしているだけで大儀だ。
「
「
「あい。」
早蕨の声すら頭に響く。
「頭の後ろが痛くてかなわない。」
「
「ああ、そうかもしれないね。呪いかね・・はははっ」
この陶枕は清助からもらったものだ。清助とわっちの名前が入ってる。
「呪いだなんて恐ろしい。あんまり待たせるから、瀬山さんを恋しがってるだけですよ。」
「わっちはどうせ籠の鳥だ。待たせるなんてできないがね。」
首筋から脳天に激痛が走る。耳の裏に痛みの塊が巣食ってる。頭が壊れそうだ。酒でも飲めば治るだろうか。
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