第6話 瀬山

「瀬山さん、利兵衛さんがお越しだよ。」

ふくの媚びた愛想のいい声がする。あぁ毎度ながら気味が悪い。

「あい、お早いお越しで。ちぃっと待っておくんなさい。」

支度を整えて早蕨を下がらせる。


「では、こっちらへ。」

仙吉か、床急ぎの利兵衛を案内する若い者の声が聞こえる。天乃屋利兵衛は熊本藩、岡山藩に出入りする廻船問屋で、間口十六間の角屋敷を持つ大店の旦那だ。金払いは悪くないが、金があるのに出し渋る。床急ぎにして飲みも食いもせず安く済ませようとする。金勘定はしても、歌も詠まず、三味線もうるさいと言う。風情も何もあったもんじゃない。


体がしんどい。おはつが煙草盆を持ってくる。続いて仙吉が利兵衛を連れて入って来る。仙吉は手慣れた様子で屏風を立てると、わっちに目配せしておはつと一緒に出て行く。


「ぬしはどうしておらなんだ。」

利兵衛が来るなりこの前の不在を責めてきた。

「ご堪忍。神隠しか、狐のいたずらか・・・」

「何を言う。わしは子供ではないぞ。他に惚れた客でもいるのではないか。」

「っははは・・なんとつまらぬ思い違いを。利兵衛さんこそ子供のようなことをお思いで。」


利兵衛はわっちが女郎だと忘れているのか、恐ろしく嫉妬深くいつも他に男がいるのではと疑っている。身請けする気もないくせに、独り占めにしたがる。


「ぬしと床に入らぬ日は十日と持たぬ。内股の締まりが欲しくなる。」

「はははっ利兵衛さんはわっちの体がないと夜も明けぬ。」


お天道様が落っこちても利兵衛のものになどなりゃしない。

腰の腫物を見せないように帯を解かずに床着になる。待ちきれずに立ち上がってくる利兵衛をいなして、床に入れる。腫物が見えてはいけない。むらさき縮緬ちりめんの胸元を自ら開いてやる。

「ぬしもわしが恋しかったと見える。」

阿呆には勝手に勘違いさせておく。腫物を見せないようにしているだけだ。乱暴に乳に食いついて顔を埋めてくる。

「はぁ~」

女の声を利兵衛の耳元で出して、阿呆の勘違いをさらに膨らませてやる。

「いつまで舐めておいでだい。」

いつまでも乳を貪る利兵衛が疎ましい。

「ぬしの乳の下にあるほくろは絶妙な味わいじゃ。乳房の下に分け入らねば届かない。この秘境を知っておる客はどれほどいるんだ。」

「利兵衛さんだけに決まっとります。早う竿さしておくれ。」


この助平から一時も早く離れたい。反吐が出る。いつまで乳の下に顔を埋めているつもりか。


「おぉ、ぬしはそんなにわしが欲しいのか。こんなに濡れちまって。」

海苔のりと気付かないとは、ほとほと浅い男よ。

「あぁぁ・・あぁぁ・・」


利兵衛の動きに合わせて声を出す。感じるのは女郎の恥だが、この男では感じようにも感じまい。頭が行ったり来たりする度に、鬢付びんつけの匂いが鼻をつく。


「花簪を・・花簪をおはつに買ってやらないと・・」

「どうして今そんなことを言う・・・」

「利兵衛さん、利兵衛さんだけが頼りで・・あぁぁ・・」


渋る時は喘ぐ声を大きくしてやる。阿呆は自信をつけて、大きな男になった気になって何でもしてやろうとする。



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