第4話 瀬山

「瀬山さん、耳の下のところが腫れてますねぇ。」

「えっ、そうかい。」

指先で触ってみると、小さなしこりがみっつばかりあるようだ。

「これかい?」

「ええ。」

鏡で見ようとしても耳の下は映らない。

「どんな色だい?」

「うーん、少し赤みがあるかなぁ。虫にでも食われたんでしょう。」

「そうさね、白粉で誤魔化しとくれ。」

「あい。」


早蕨は手際よく白粉を塗ってくれる。顔の色が悪い時は頬にも紅をさす。この頃顔色のいい時はないがね。

「おはつ、牡丹の打掛を出しとくれ。」

「あい。」

着物の支度も早い。せっかちにさっさと脱いで着替えても、早蕨に待たされたことがない。脱いだ襦袢をおはつが丁寧に畳んでくれる。


「っえぇ。」

早蕨が息を呑んだのに気が付いた。

「うわっ。」

おはつも驚いている。一体なんだっていうんだ。

「どうしたんだい、二人して。何を驚いている。」

「・・・瀬山さん・・」

「まったく、幽霊でも見たような顔をして。」

「いえ・・あの・・」

「早く、お言い。じれったい。」

「・・腰に・・」

「なんだい、はっきりお言い。」

「瀬山さんの腰のところに・・腫れ物が・・」

体をひねって鏡を覗くが、腰のところなど見ることはできない。

「歯痒いねぇ。見えやしない。どうなっているんだい?」


腰を撫でると幾つかしこりが指に触る。

「あの・・・小さな赤い腫れ物が、小さい桃の形の・・いくつも固まって・・腰のところに・・」

「・・・わかった。誰にも言うんじゃないよ。」

「あい。」

「おはつもわかったね。」

「あい。」


二人に口止めして、昼見世に出る。どうりで体が重いわけだ。清助さんに手紙ふみを書き始めたが、話がまとまりゃしない。文使いを呼び止めたが、いつ渡せるか分からずに帰した。頭の中は赤い斑点でいっぱいだ。早蕨もおはつも、客からもらう毒のことは知っているんだろうか。みなにばれてはまずい。


新造だった時に、体中無数の赤い桃の斑点ができた姉さんがいた。行燈部屋に放り込まれて、飲まず食わずで死んじまった。最後の姿は人とは思えねぇと若い者が言っていた。そん時に黴の毒の話は嫌というほど聞いた。

何かの薬草を煎じて飲めば痛みが和らぐらしいが、その場しのぎで良くなりやしない。髪が抜け、鼻がもげて、化け物になるのに耐えられなくて、舌を噛んで、剃刀で首切って血だらけで死んだ女郎の話も聞いた。寝床の綿入れが血を吸っても吸いきれぬほどで、始末に困るし、妓楼の評判は落ちるし、災難だ災難だと頭を抱える楼主の話も聞いた。

病みぬいてしまえば、どんなお客をとっても毒がうつることはないという姉さんもいたが、そんな女郎は見たことがない。斑点が出て助かる者がいるんだろうか。


「瀬山!何をぼおっとしてる。早いこと手紙を書いて詫びを入れるんだよ。」


ふくにどやされる。一日中、女郎の所作を見張って、小言を言い続ける。ふくも昔は女郎だったらしいが、この器量じゃおちょろ舟だろう。女郎をいびって何が楽しいのか。器量のいい女が忌々しいのか。羨むのか、妬むのか、人の心は難しい。


「あい、ただいま。」

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