第65話
📘 第65章:籠の中の女優
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(脚本通りの愛を演じ終えた時、
舞台袖に残るのは、空虚な私と、禁断の恋心だけ。)
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🔷 【2057年・空人(くうと)誕生】
新太がこの世を去ってから数ヶ月後。
2057年の春、沙耶(さや)は玉のような男の子を出産した。
「……オギャア! オギャア!」
元気な産声が、主のいない広い家に響き渡る。
沙耶は、腕の中に抱いた小さな温もりを、どこか冷めた瞳で見つめていた。
「……終わったわ。」
呟きは、誰に向けたものでもない。
『黒峰新太の妻』という、彼女に与えられた「役割(ロール)」が、今この瞬間、完結したのだ。
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「あなたの名前は、空人(くうと)。」
空っぽの私から生まれた子。
そして、もう二度と戻らない、あの偽りの家族の団欒(月陽がいた頃)の空虚さを埋めるための名前。
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🔷 【女優の告白】
世間は彼女を「悲劇の未亡人」として扱ったが、沙耶の内面は違った。
彼女もまた、RE:CODEによって記憶と人格を調整された「被検体(モニター)」だったのだ。
彼女の任務は、新太の精神安定を支え、彼を「善人」として定着させるための「理想の妻」を演じること。
かつては、そこに「娘役」として月陽(真羽)がいたことも覚えている。
(あの子は……脚本(シナリオ)から逃げ出した。)
月陽がNOISEに保護された時、沙耶の記憶からは「娘」の存在が消去(マスク)された。
だが、新太の死というショックがトリガーとなり、マスクの下にあった「真実」が浮き彫りになっていたのだ。
自分が誰か。何をしていたか。
そして、この穏やかな生活が、すべてガラス細工の上の虚構であったことを。
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🔷 【創造主への愛】
沙耶は、リビングの祭壇に飾られた新太の遺影に背を向け、スマートフォンを取り出した。
画面に映っているのは、ニュース番組で演説をする結城維人の姿だ。
「……維人(いひと)さん……。」
画面に指を這わせる沙耶の瞳には、狂おしいほどの熱が宿っていた。
彼女の深層心理、その一番奥底(ルート)に刻み込まれているのは、新太への愛ではない。
自分を作り変え、居場所を与え、役割をくれた結城維人への絶対的な愛だった。
新太を愛したのは「命令」だから。
けれど、結城を想うこの気持ちだけは、彼女自身の「魂」の叫びだった。
「私……やり遂げましたよ。新太さんは、立派な聖人として死にました。」
褒めてほしい。愛してほしい。
かつて研究所で、彼が私にそうしてくれたように。
だが、画面の中の結城は、大衆に向かって微笑むばかりで、籠の中の鳥である沙耶には目を向けない。
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🔷 【崩壊の予兆】
その夜から、沙耶の身体に異変が現れ始めた。
「……あ、ぐ……っ!」
授乳中、激しいめまいと共に、視界がノイズのように明滅する。
(……きた。)
沙耶は直感した。
これは新太を蝕んだものと同じ。
無理な記憶改変と、長期間の「役割演技(ロールプレイ)」による脳の拒絶反応だ。
彼女の場合、「新太の妻としての自分」と「結城を愛する本来の自分」、そして「母親としての本能」が複雑に絡み合い、新太以上に深刻なエラーを引き起こしていた。
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「……空人……。」
腕の中の赤ん坊を見る。
この子は、新太の子だ。けれど、私が産んだ子だ。
愛しい。けれど、この子を見ると、あの忌まわしい「研究所」の記憶がフラッシュバックする。
(私も……壊れていくの?)
沙耶は震える手で、結城への連絡用端末(すでに回線は切られている)を握りしめた。
表向きは聖人の妻。
その裏側で、彼女は誰にも言えない秘密と、届かない恋心に身を焦がしながら、ゆっくりと壊れ始めていた。
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🔚 第65章・完
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