第64話

📘 第64章:潜伏者たちの日常



(種は土の中で眠る。

いつか来る嵐の中で、大樹として芽吹くために。)



🔷 【深海の共犯者】


解散宣言から数ヶ月後。

佳乃(よしの)とミカゲは、都心の喧騒から離れた古びたアパートの一室に拠点を移していた。


薄暗い部屋には、高性能なサーバーの冷却ファンの音だけが響いている。


「……気が遠くなる作業ね。」


佳乃がエナジードリンクを開けながら、モニターに流れる膨大なデータを見つめる。


彼らがやっているのは、榊原(さかきばら)の周辺にある「ゴミ拾い」だ。

捨てられたメール、削除されたログ、裏帳簿の断片。それらを一つ一つ復元し、繋ぎ合わせる地道な作業。



「焦るな、凡人。」


隣でキーボードを叩くミカゲが、口の端を吊り上げる。


「奴のセキュリティは鉄壁だが、人間関係には綻(ほころ)びがある。……俺たちはウイルスじゃない。『カビ』になるんだ。」


「カビ?」


「そうだ。気付かれないように時間をかけて侵食し、支柱を腐らせる。……2062年。奴が最も油断し、栄華を極めた瞬間に、屋台骨をへし折ってやる。」


ミカゲの瞳は、楽しんでいるようでもあり、冷徹な復讐者のそれでもあった。



佳乃は呆れたように笑い、自分のモニターに向き直る。


「性格悪いわね、天才。……ま、付き合ってあげるわよ。その『最高の破滅』とやらまでね。」


二人の天才ハッカーは、誰にも知られることなく、静かに、執拗に、破滅へのカウントダウンを刻み始めた。



🔷 【道化のスポンサー】


一方、地上の表舞台では、一人の少女がスポットライトを浴びていた。


『はーい! みんなの天使、ルカちゃんだよ〜♡ 今日も可愛く配信していくね!』


華やかな衣装に身を包み、カメラに向かってウィンクを飛ばす美少女――ルカ。

彼女のSNSフォロワー数は数百万を超え、ファッションアイコンとして女子高生たちのカリスマとなっていた。


「この新作リップ、マジで盛れるから! みんなも絶対チェックしてね!」


笑顔で商品を宣伝するたび、画面には投げ銭(スーパーチャット)が滝のように流れる。



配信終了後。

ルカは楽屋のソファに倒れ込み、長い溜め息をついた。


「……はぁー、今日も疲れた。」


彼女はスマホを取り出し、慣れた手つきで裏アプリを起動する。

稼ぎ出した莫大なギャラの大半を、複数の海外口座を経由させ、とある口座へと送金する。


『送金完了:宛先 >> 琥珀 / 朝比奈』


それは、紋之丞たちの生活費であり、透也のクリニックの運営資金であり、佳乃たちの活動資金だった。



「ま、私にできるのはこれくらいだしね。」


ルカは鏡に映る自分に向かって、ニッと笑いかけた。


かつてNOISEという居場所をくれた大切な仲間たち。

自分が「虚構のアイドル」を演じることで、彼らが路頭に迷わずに済むなら、安いものだ。


「さてと、次は雑誌の撮影か。……稼ぎますか!」


彼女は再び「最強インフルエンサー」の仮面を被り、光の中へと軽やかに飛び出していった。



🔷 【街の掃除屋】


路地裏の雑居ビル。

『真田(さなだ)探偵事務所』と書かれた磨りガラスのドアを、依頼人がノックする。


「どうぞ。」


低い声に促されて中に入ると、デスクに足を投げ出し、タバコの煙をくゆらせる男――真田がいた。

元NOISEの実働部隊として、数々の修羅場をくぐり抜けてきた男だ。


「浮気調査か? それとも家出人の捜索か?」


「あ、あの……飼い猫がいなくなってしまって……。」


依頼人の言葉に、真田は一瞬拍子抜けしたような顔をしたが、すぐにフッと笑い、タバコを消した。



「……いいだろう。猫探しは得意だ。」


彼はジャケットを羽織り、ハンチング帽を被る。


NOISEが解散し、武装闘争の時代は終わった。

だが、この街の「底」で生きる人々の悩みや、理不尽なトラブルはなくならない。


真田は、かつてその腕力で敵を排除していた手を、今は小さな「困りごと」の解決に使っていた。


(平和なもんだ……。)



路地裏を歩きながら、真田は空を見上げる。

だが、その目は死んでいない。


佳乃たちが地下で牙を研ぎ、透也が人の心を守り、ルカが資金を支えている。

ならば自分は、この街の番犬として、彼らに危険が及ばないよう目を光らせ続けるだけだ。


「……お、いたいた。」


室外機の上で震える子猫を見つけ、真田は優しく抱き上げた。


それぞれの場所、それぞれの戦い。

NOISEという「形」はなくなっても、その「意志」は街の至る所に根を張り、静かに息づいていた。



🔚 第64章・完

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