第61話
📘 第61章:約束のデコード
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(解けない暗号はない。
お前がそう教えてくれたから、私はここまで来たんだ。)
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🔷 【2053年・ターゲット捕捉】
NOISEのアジトに、乾いたタイピング音が響き渡っていた。
複数のモニターに囲まれた佳乃(よしの)が、最後の一押しとばかりにエンターキーを叩く。
「……ビンゴ。見つけたわ。」
振り返った佳乃の瞳には、狩人の色が宿っていた。
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「場所は?」
後ろで腕を組んでいた透也(とうや)が短く問う。
「C区画の政府関連施設。……表向きはシステムエンジニア。名前は『御影(みかげ) ハヤト』。RE:CODEによる改竄(かいざん)レベルはA。……完全に別人格を上書きされてる。」
モニターには、死んだように生気のない現在のハヤトの顔写真が表示されている。
佳乃はその画面にそっと触れ、小さく呟いた。
「……待たせたね、天才。」
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3年前、通信が途切れる直前に交わした、あの短い会話。
『お前なら解ける』という彼の信頼に応える時が、ようやく来たのだ。
「甲斐、準備は?」
「いつでもいける。改良型のECHO誘発剤だ。……かつてのライバルを目覚めさせるには、最高の目覚まし時計だろうぜ。」
甲斐がニヤリと笑い、金属製のケースを取り出す。
透也が頷いた。
「よし。……迎えに行くぞ。彼こそが、将来RE:CODEの闇を暴く鍵になる。」
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🔷 【接触】
深夜の路地裏。
残業を終えて帰宅途中だったハヤトは、ふと背後に気配を感じて足を止めた。
「……誰ですか?」
振り返ると、フードを目深に被った小柄な女性――佳乃が立っていた。
「こんばんは、優秀なエンジニアさん。……それとも、ただの『操り人形』さんと呼んだ方がいいかしら?」
「……何の話です? 警察を呼びますよ。」
ハヤトが警戒してスマートフォンを取り出そうとする。
その動きは、かつて佳乃と競い合った天才ハッカーのそれではなく、ただの怯える一般人のものだった。
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佳乃はフードを少し上げ、挑発するように微笑んだ。
「あんた、本当に忘れたの? ……『0x4F1C矩形』の解き方を。」
「……っ!?」
ハヤトの指が止まる。
その単語を聞いた瞬間、彼の瞳の奥で何かが揺らいだ。
「な、なぜ……それを……?」
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動揺するハヤトの隙を見逃さず、暗闇から甲斐が現れ、素早く首筋に注射器を押し当てた。
「悪いな。ちょっと昔話をしようぜ。」
ハヤトの意識が暗転する直前、佳乃の声が耳元で響いた。
「約束通り、取り戻しに来てやったよ。」
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🔷 【ECHO・覚醒】
廃ビルの一室。
椅子に拘束されたハヤトが、激しく身をよじった。
「あ……がぁぁぁっ!!」
頭を抱え、絶叫する。
脳内で、作られた「真面目なエンジニア」の記憶と、封印されていた「本来の記憶」が衝突し、火花を散らしているのだ。
甲斐がバイタルモニターを見ながら冷静に指示を出す。
「耐えろ。……今、ロックが外れる。」
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ハヤトの視界が歪む。
オフィスの風景が消え、燃え上がるような怒りと、泣き叫ぶ少女の声がフラッシュバックする。
『お兄ちゃん!!』
楓莉(ふうり)の声だ。
そして、暗いモニター越しに会話した、唯一自分と対等に渡り合える女性の声。
『待ってろ、ミカゲ……!』
「う……うぁぁぁぁっ!!」
ハヤトの目から、涙が溢れ出した。
痛みによる涙ではない。悔恨と、蘇った誇りによる涙だ。
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「……思い、出したか?」
佳乃が顔を覗き込む。
ハヤトは荒い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳からは、先ほどまでの「従順な羊」の弱さが消え、かつての鋭い知性が戻っていた。
「……遅ぇよ、バカ佳乃。」
掠れた声で、憎まれ口を叩く。
「……3年も待たせやがって。」
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🔷 【共犯者】
「悪かったわね。……その代わり、最高の手土産を持ってきたわ。」
佳乃がタブレットを差し出す。
そこには、現在の妹・楓莉の居場所が記されていた。
ハヤトは震える手でそれを受け取ると、歯を食いしばり、佳乃を見つめた。
「……楓莉は……無事なんだな。」
「ええ。必ず助け出す。……あんたの力が必要なの。」
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透也が前に出て、ハヤトの手枷(てかせ)を外した。
「俺たちの目的はRE:CODEの解体だ。……ミカゲ ハヤト。お前のその指先で、奴らを社会的に抹殺しろ。」
ハヤトは自由になった手で、自身の顔を覆い、そして深く息を吐いた。
政府への忠誠心など、もはや微塵もない。あるのは、自分たち兄妹を玩具にした連中への激しい憎悪と、目の前の仲間への信頼だけだ。
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「……いいだろう。」
ハヤトは顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。それは、あの頃モニター越しに見せた天才の顔だった。
「俺の全てを賭けて、奴らの嘘を暴いてやる。……この命と技術は、そのために使う。」
2053年。
かつてのライバルが、最強の「共犯者」として手を組んだ夜。
この再会が、やがて来る9年後の革命の狼煙(のろし)となることを、二人は確信していた。
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🔚 第61章・完
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