第60話
📘 第60章:優しい鳥籠
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(幸せという鎖は、
どんな鉄格子よりも重く、甘美に人を縛り付ける。)
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🔷 【ランドセルと泣き虫パパ】
季節は巡り、春。
地下の閉鎖的な空間からではなく、あの日手に入れた戸籍のおかげで、真羽(まう)は地上の小学校に通っていた。
玄関先で、ピカピカの赤いランドセルを背負った真羽がくるりと回る。
「どう? ママ、パパ!」
「うん、とっても似合ってるわ。可愛い。」
大きくなったお腹をさすりながら、灯(ともり)が目を細める。
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その横で、紋之丞(もんのじょう)はサングラスを外し、タオルで目元をぐしぐしと拭っていた。
「うぅ……真羽が……小学生なんて……。車に気をつけるんだぞ……変な男がいたらすぐに防犯ブザーだぞ……いや、俺がついていくか?」
「もう、パパったら! 大丈夫だってば!」
真羽は呆れながらも嬉しそうだ。
かつて恐怖に怯えていた少女の姿はもうない。
彼女は「志 真羽」として、当たり前の幸せを謳歌していた。
「行ってきます!」
元気な声と共に駆け出す背中。
それは、NOISEが勝ち取った勝利の証だった。
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🔷 【聖人・黒峰新太】
その一方で、街中の大型ビジョンやSNSのタイムラインは、ある男の話題で持ちきりだった。
『またもお手柄! 黒峰新太さん、迷子を保護』
『現代の聖人? 彼の善行まとめ動画が100万再生突破』
画面の中の新太は、穏やかに微笑んでいる。
誰かを助け、街を掃除し、困っている人に手を差し伸べる。
その姿はあまりにも完璧で、あまりにも無垢だった。
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「……すごい人気だな。」
カフェ「琥珀」のカウンターで、タブレットを見ながら甲斐がぼやく。
「ああ。世間じゃ完全に『善き隣人』の代名詞だ。誰も彼が元殺人犯だなんて疑いもしない。」
透也(とうや)はコーヒーを啜りながら、苦々しい顔をした。
RE:CODE計画による人格改変。
それは非人道的な実験だが、結果として新太は「誰からも愛される善人」になった。
もし今、NOISEが新太の過去やRE:CODEの真実を暴露すればどうなるか?
世間は、幸せな家庭と善人を壊そうとするNOISEの方を「悪」とみなすだろう。
「手が出せねぇな。あいつが良い奴になればなるほど、俺たちは動けなくなる。」
新太の善意が、最強の盾となって彼自身とRE:CODEを守っている。
それが結城の狙いであり、余裕の現れであることに、透也たちは気づき始めていた。
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🔷 【新しい光】
しかし、その膠着状態は、NOISEにとっても決して悪いものではなかった。
動けない時間は、彼らに「休息」と「幸福」をもたらしたからだ。
数ヶ月後。
カフェの2階から、元気な産声(うぶごえ)が響き渡った。
「おめでとう! 元気な男の子よ!」
佳乃(よしの)の声と共に、紋之丞が震える手で小さな命を抱き上げる。
「……ちいせぇ……。」
強面の元総長の目から、またしても大粒の涙がこぼれ落ちる。
ベッドの上で、汗だくの灯が疲れたように、けれど幸せそうに微笑んだ。
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真羽が恐る恐る、赤ちゃんの指に触れる。
「わぁ……握った。……かわいい。」
「名前は決めてあるの。『光明(こうめい)』よ。」
灯が告げる。
闇の中にいても、光を見失わないように。
真羽という希望に続く、新しい家族の光。
「光明……よろしくな、弟よ。」
紋之丞の腕の中で、光明が小さくあくびをした。
その平和な光景に、透也ですら、復讐の炎を一時(いっとき)忘れそうになるほどだった。
自分たちの生活が忙しく、そして充実していくにつれ、「戦い」は遠い過去の物のように感じられ始めていた。
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🔷 【静寂の時】
それから、数年の月日が流れた。
新太の善行は続き、彼を中心としたコミュニティができるほど社会に浸透していた。
一方、NOISEもまた、表向きはカフェ経営者や一般市民として、穏やかな日々を送っていた。
真羽はすくすくと育ち、光明は歩き始め、言葉を覚え始めていた。
RE:CODE側からの接触も、挑発も、不穏なニュースも一切ない。
結城維人は沈黙を守っている。
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いや、この「平和な世界」そのものが、彼の完成させた作品なのかもしれない。
何も起きない。誰も傷つかない。
ただ、真実だけが塗り替えられたまま、世界は優しく回り続けていた。
NOISEの面々も、守るべき家族との幸せな時間に満たされ、確かな「日常」を生きていた。
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🔚 第60章・完
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