第59話

📘 第59章:偽りの空、真実の地



(夜明けは、誰にでも訪れるわけではない。

それは、闇を歩き抜いた者だけが掴める特権だ。)



🔷 【真羽(まう)の朝】


地下施設の人工照明ではない、柔らかな朝の気配。

昨日まで「月陽」だった少女は、ゆっくりと目を開けた。


かつては目覚めと共に恐怖が襲ってきた。しかし今、胸にあるのは静かな凪(なぎ)だ。



「……おはよう、真羽(まう)。」


枕元には、灯(ともり)がいた。

その表情は、看護師としての冷静な仮面ではなく、慈愛に満ちた「母親」の顔だった。


「……おはよう、ママ。」


真羽は、少し照れくさそうに、けれどハッキリとそう呼んだ。

その響きに、灯の瞳が潤む。



もう、悪夢の中のママに縋(すが)るだけの夜は終わった。

目の前にいる、温かい手で触れてくれるママと共に生きる朝が来たのだ。


真羽は自分の掌を見つめる。


(わたしは、志 真羽。……パパとママが、たくさんいる子。)


その事実は、複雑さよりも、彼女にとって最強の「鎧」となっていた。



🔷 【最強の家族】


「おう、起きたか。……腹減ったろ。」


無骨なドアが開き、エプロン姿の紋之丞(もんのじょう)が入ってきた。

その手には、焼きたてのトーストと、不格好に切られたリンゴが載った盆がある。



元暴走族総長の強面(こわもて)に、ファンシーなエプロン。

そのあまりのミスマッチさに、真羽と灯は顔を見合わせ、吹き出した。


「あはは! パパ、似合わない!」


「うるせぇ! ……これでも味には自信あんだよ。」


紋之丞は照れ隠しに鼻をこすりながら、盆をベッド脇に置いた。



「食え。……これからお前を守るには、体力が必要だ。俺も、お前もな。」


その言葉には、父親としての不器用な覚悟が滲んでいた。


真羽はリンゴを一切れ口に運ぶ。

甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。


それは、恐怖の味がしない、「幸せ」の味だった。

この地下室は、今や世界で一番安全な要塞となっていた。



🔷 【硝子(ガラス)細工の善人】


一方、地上。

突き抜けるような青空の下、黒峰 新太(あらた)は公園のベンチに座っていた。


「新太さん、ありがとう。助かったよ。」


近所の老人が、新太の手を握って礼を言う。

重い荷物を運ぶのを手伝ったのだ。新太は、屈託のない笑顔で答える。


「いえ、当たり前のことをしただけですから。」



その笑顔に、嘘はない。曇りもない。


かつて「翔真」として多くの人を傷つけた手は今、誰かを助けるために使われている。


だが、その光景を少し離れた場所から見つめる妻・沙耶(さや)の瞳には、微かな「不安」が揺らいでいた。


新太の善意は、あまりにも純粋すぎる。

まるで、真っ白なキャンバスに描かれた絵空事のように。


(あなたは誰? ……私の愛する新太は、本当にここにいるの?)


沙耶は新太の背中を見つめながら、自身の胸のざわめきを必死に押し殺していた。



🔷 【狼煙(のろし)】


地下のモニタールーム。

透也(とうや)は、監視カメラ越しに新太の笑顔を冷ややかに見つめていた。


「……皮肉なもんだな。」


背後から、甲斐が工具を片手に呟く。


「記憶を消されたあいつの方が、よっぽど真っ当な人間やってやがる。……あいつの『善行』で救われてる人間がいるのも事実だ。」


「ああ。だが、それはプログラムされた偽りの光だ。」



透也はモニターの電源を切り、振り返った。

その瞳には、復讐者としての暗い炎と、リーダーとしての静かな闘志が宿っている。


「真羽(まう)は覚醒した。守るべきだけの存在じゃない。……俺たちの『希望』になった。」


透也は、壁に貼られたRE:CODE計画の相関図、その頂点にある「結城 維人」の写真にダーツを突き立てた。


「次は俺たちの番だ。……偽りの平穏を終わらせる。」



真羽を取り戻したNOISEは、もはや逃げ隠れするだけの組織ではない。


地上(ひかり)と地下(やみ)。

二つの家族、二つの正義が激突する時は、刻一刻と迫っていた。



🔚 第59章・完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る