第50話

📘 第50章:地下室の共鳴


(地上で「嘘」が蔓延するその時、

地下では「真実」が、静かに牙を研いでいた。)



🔷【Café 琥珀・地下アジト – 同時刻】


薄暗い地下室。

壁一面に設置されたマルチモニターが、ショッピングモールの監視カメラ映像を映し出している。


「……来た。エリアC、カフェ前。」

蓮水佳乃(gyudon)が、ポテトチップスをかじりながら鋭く呟いた。


その指は、目にも止まらぬ速さでキーボードを叩いている。


「灯さんが動いたわ。……カメラの死角ギリギリだけど、手元は見えてる。」


透也(とうや)、真田、甲斐がモニターの背後に集まる。


画面の中。

幸せそうな「偽物の家族(新太と沙耶)」の隙を見て、灯がペンを走らせている。


「……気づいてくれたみたいだな。」

透也が安堵の息を漏らす。


先ほど、モールの大型ビジョンに一瞬だけ仕込んだ『月と太陽』のサブリミナル信号。

灯はそれを見逃さず、即座に返答行動に出たのだ。



🔷【解析:反逆の翼】


「メッセージの解析、完了。」


佳乃がエンターキーを叩くと、灯が書いたカードの内容が拡大表示された。


『雲に隠れてしまった、小さなお月様(・・・)のことを。』


そして、その横に描かれた――一枚の「大きな羽(真羽)」。


その絵を見た瞬間、地下室の空気がピリリと張り詰めた。


「……ハッ。やってくれるぜ、灯ちゃん。」

甲斐が、皮肉っぽく、しかし嬉しそうに笑った。


「『羽(翔真)』かよ。……今の無害な『新太』じゃない。俺たちを顎(あご)で使い、気に入らなけりゃ怒鳴り散らす、あの『どうしようもない男(翔真)』を覚えてるって合図だ。」


真田も、タバコの煙を吐き出しながら目を細める。

「ああ。……灯は、今の綺麗な嘘よりも、泥だらけの真実を選んだんだ。」


透也は、画面の中の灯の背中を見つめ、力強く頷いた。


「彼女はまだ、飼い慣らされていない。……俺たちが警戒していた『あの男』の記憶を、武器として持っている。」



🔷【BGMの合図】


「よし、受信確認(ACK)を送るわよ。」

佳乃がニヤリと笑う。


「モールの館内放送システムに侵入……3、2、1、ポチっとな。」

彼女がキーを押した瞬間。


モニター越しに聞こえるモールのBGMが、『ブツッ』と音飛びした。

画面の中の灯が、一瞬だけ動きを止め、そして小さく息を吐いたのが見えた。


「……繋がった。」


物理的な距離は離れている。言葉も交わせない。

だが、この一瞬の「電子のノイズ」だけで、彼らの意思は完全に同期した。



🔷【Café 琥珀・店内 – 紋之丞と月陽】


その頃、地上の店舗では。

「いらっしゃいませー……あ、ありがとうございました!」


月陽(つきひ)が、小さなエプロンを揺らして客を見送っていた。

その働きぶりは、もう立派な看板娘だ。


「おい、お嬢。あんま無理すんなよ。」

カウンターの中で、紋之丞(もんのじょう)が心配そうに眉をひそめる。


その手には、月陽へのご褒美であるイチゴパフェが握られている。


そこへ、地下から透也が上がってきた。

その足取りは、いつになく力強い。


「……紋之丞。月陽。」

透也の表情を見て、月陽の手が止まる。

布巾をギュッと握りしめ、透也を見上げた。


「……灯ちゃん、から?」


「ああ。……返事が来た。」

透也は月陽の前に膝をつき、目線を合わせた。


「『お月様のこと、忘れてないよ』って。」


月陽の大きな瞳が揺れ、やがて大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

声を上げて泣くのではなく、ただ静かに、安堵の涙を流す。

それは、ずっと張り詰めていた心が解けた瞬間だった。


「よかった……灯ちゃん、おぼえててくれた……っ。」


紋之丞は無言で、月陽の前にパフェを置いた。その目元も少し緩んでいた。


🔷【狼煙(のろし)は上がった】


「……やるんだな。」

紋之丞が、低い声で透也に問う。


「ああ。灯の意思は確認した。これ以上、彼女をあの鳥籠(とりかご)に閉じ込めておく理由はない。」

透也は立ち上がり、店の窓から外を見た。


遠くに見えるRE:CODEの白いビル。

あそこには、たった一人で戦う大切な**「同志(灯)」**がいる。


そして――月陽が待ち焦がれている、**「あの男(新太)」**がいる。


透也の表情が、ふと険しく曇った。


(……あいつを連れ戻すことが、本当に月陽のためになるのか?)


かつて、あの男(翔真)は言った。『俺と一緒にいれば、あいつは不幸になる』と。


実際、彼は娘を愛しながらも、その身勝手な生き方で娘を危険に晒し続けてきた。


もし記憶を取り戻させれば、彼はまた月陽を傷つける「毒」になるかもしれない。


だが、灯があいつを選び、守ろうとしている。

そして何より、月陽が「パパ」を待っている。


「……まずは、灯を奪還する。」

透也は低い声で言った。新太の処遇については、明言を避けた。


「あの男をどうするかは……その時に決める。」


地下室のメンバーも上がってきた。

真田は銃のマガジンを叩き込み、甲斐は医療キットを確認し、佳乃はタブレットを掲げて不敵に笑う。


「いつでもいけるわよ。セキュリティの抜け穴、こじ開けてあげる。」


静かなカフェに、熱い風が吹き抜けた。

平和な潜伏期間は終わりだ。


欠けたピース(灯)を取り戻し、そして「危険な父親」と対峙するための戦いが、今ここから動き出す。



🔚 第50章・完

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